俄雨



あまりにも綺麗な人だったから、濡れるのは勿体ない。
そう思っただけだったのだ。


「…あの、傘」


シンジュクには紫陽花のお気に入りの場所がある。

繁華街の近くにも関わらずその場所はまるでそこだけ切り取られたように静かな通り。その通りに面している小さな公園は誰が手入れしているのか季節毎に綺麗な花が咲き、3人ならぎりぎりすわれるであろうベンチがひとつだけある。

災害時の避難用に作られただろう小さな公園はシンジュクにありながらも落ち着いた人通りが少ない。人がいるところなんて滅多に見ないのに、今日はすでに先客が雨宿りをしていた。

シンジュクにならたくさんいるであろういかにもな青年が、ベンチに座りながら空を見上げている。側に立っている木のお陰で濡れないそこで、雨が止むのを待っているようだった。


つい10分ほど前のことだ。急に暗い雲がシンジュクの空を覆った。天気予報では雨が降るなどこれっぽっちも言っていなかった。

傘を持たずに走り抜けるには少し強い雨に困っているのだろうと、紫陽花は持っていた傘を彼に差し出した。
するとどうだろうか。彼は紫陽花を見るや否やみるみるうちに顔色が悪くなっていき、汗が吹き出し、怯えた目で震えだしたのだ。


「ひっ…ぁ…」
「…!」


彼と会ったことはない。

それにも関わらずこんなに怯えてしまうなんて、きっと人が苦手なんだろうと紫陽花はすぐに頭のなかで自分なりの答えをだした。


「これ、ここに置いとくので使ってください。」
「は…」
「それじゃあ。」


持っていた傘をベンチの端に起き、レインコートのフードをかぶる。駅までならこのレインコートだけで充分事足りる。

呆然とする彼に紫陽花は会釈をしてその場を後にした。


「…あー…しまった…」


お気に入りの傘を置いてきたことに少しだけ後悔したのは駅についてからのことだった。