「旦那、名前ちゃんは?」
「先ほど城下町へ出かける準備へ行かれた。何か用か?」
「んー、まあ大したことはないからいいんだけど。ちょっとねー。」
「そうか。あとで伝えておこう。」
「いやいや気にしないでよ旦那。夫婦水入らず、だろ?」
「まだ夫婦ではないがな」

そう言って幸せそうに笑いながら去る旦那が憎かった。

なんなんだよ。なんなんだよ。なんなんだよ。俺様から名前ちゃんを奪っておいて、その言い草はないだろ、旦那。俺様が名前ちゃんを一番理解出来るのに。俺様が名前ちゃんを一番幸せに出来るのに。俺様が名前ちゃんを一番愛しているのに。

いいや。旦那は、奪ってなんかいない。
そうだ。最初から俺様に勝ち目なんてなかったんだ。名前ちゃんを一番理解出来るわけも、幸せに出来るわけもなんてなかったんだ。
俺様はただの使い捨ての忍。旦那は国の殿様。
俺様は影。旦那は太陽。
名前ちゃんが旦那を選ぶなんて当たり前だったんだ。
そもそも名前ちゃんは一度だって俺様を好いたことなんて、なかったのかもしれない。
全部俺様が勝手に勘違いして、勝手に好きになって、勝手に旦那を憎んでいるだけなんだ。

それでも、俺様は。

「佐助が私のことを呼んでいたと幸村様から伺ったのだけれども」
「あ、あー。そのことならもう、済んだんだ。」
「あら、そうだったの?」
「うんうん、わざわざありがとね」
「そう…?じゃあ、私は幸村様のところへ戻るわね」

そう言った彼女の瞳は慈愛に満ちていて、

ああ、やっぱり


僕以外の誰かを見つめるその姿がとても美しくて