「名前、逃げろ…!」
「いいえ、……。私は、いつまでも、あなたのお側に」
「…すまない、愛している」

ひどく悲しく、しかしやけに暖かい気持ちになる、不思議な夢を見た。
真っ赤な、恐らく血塗れの誰かが私のことを逃がそうとし、私はその人の命令に背き、共に自害しようとしているような夢だった。
きっとこれは正夢になる。そんな気がした。



「……なんで家康がここで寝てるの」
「ん……?ああ、すまない、日差しが気持ちよくてつい、な!」
「父上が文字通り飛んできても知らないよ?」
「それだけは回避するとしよう…」

目が覚めた私のすぐ側に居たのは、徳川家康という男だった。我が父達と共に太閤殿下をお支えしている家臣の1人であり、私が想いを寄せている男でもある。

「なあ名前、」
「なあに?」
「……いや、なんでもない」

このところ、家康は何やら様子がおかしいように感じる。具体的にどうおかしいか、は分からない。けれど、いつものお日様のような暖かさが、最近の家康からはあまり感じられない。
冷たく、黒い雰囲気を纏っているように感じるのだ。

「さて、ワシは刑部に見つかる前にそろそろ退散することにしよう」
「それがいいよ、父上怖いから」
「ははは、それがワシの目下の悩みの種だな」

ねえ、どうしてそんなに悲しそうな目をするの?
ねえ、どうしてそんなに苦しそうな顔をするの?
ねえ、どうしてそんなに…。
家康への問いかけが、ぐるぐると頭の中に浮かんでは消えていく。
きっと、聞いたところでこの男は何も答えてはくれないし、私は聞かない方がいい気がしている。その考えが私の口から溢れそうになる数多の疑問をなんとか封じ込めていた。

「…名前、」

家康が、苦しそうな顔をしたまま私を呼ぶ。
そんな顔、家康には似合わないし、してほしくない。
私が笑えばきっと家康も笑ってくれる。そう思い、精一杯の笑みを浮かべ家康を見つめる。

「すまない」

家康の目に映った私の顔は、ひどく滑稽な顔をしていた。