七海応援隊


 仕事を終えた五条は、自室では無く真っ直ぐと千寿の部屋へと向かって歩く。
 さも当然のように鍵を開けご機嫌に中に居るであろう部屋の主へと声をかけた。
「ただいま千寿〜!今日も頑張ったから何かご褒美ほしいなあ……」
 けれどいつまでも返事が返って来ることはなく、ひょいと部屋を覗けば手帳片手に悩ましげな顔をしている千寿の姿が見えた。
「千寿?どうかしたの」
「あれ、ご……悟、さん。いつの間に」
「ついさっきお邪魔したんだけど、何か問題ごと?」
「あ、いえ、大した事ではなくて。七海君のお休みはいつだろうなあと思って」
 何気なく愛しい彼女から出た他の男の名前に、ぴたりと動きが止まる。
「七海が、何だって?え、彼氏の前でそんな堂々と……流石の僕も傷付いちゃう……」
「何の話をしてるのか分かりませんが、目の前で浮気の話をするほど私酷い人間になった覚えはありませんよ」
「だよね!良かったあ、僕の勘違いで。このまま千寿のこと閉じ込めようかと思っちゃったよ」
 聞き捨てならない台詞を吐きながら、七海がどうかしたのかと問いかける五条にしばらく逡巡してから、ぽつりと千寿は五条に零した。
「ええと……先輩と、七海君のお手伝いが出来ないかなあと思ってたんです」
 ──先輩。彼女の口から出たそれが一体誰を指しているのかは、容易に想像が出来た。
「面白そうだけど、あんまり茶々入れないほうが良いんじゃ無い?あの二人のことだしさ」
「うーん……でも、二人にはお世話になっていますし、私の勝手な理想ですけど、二人が幸せになってくれたら嬉しいな、なんて」
 自分の事には疎いくせに、と出かけた言葉を飲み込みながら、同期である七海と目上の彼女の行く末を願う千寿の表情に思わず笑みが溢れた。
「よーし、そういうことなら僕も手伝ってあげよう。とりあえず明日僕と二人で出かけようよ」
 提案された話にきょとんとした顔を向ければ、千寿はいつものように即答はしてくれない。
「え、あの、どうして出かける話に?」
「進展を促したいなら絶対デートでしょ。でも千寿は経験全く無いんだし、自分で見て感じた方が考えやすいと思ったんだけど」
「そう、ですね……?」
「どうせ七海が自分で準備とかしないだろうし、千寿がプレゼントでチケットとかあげちゃえば?」
 このまま部屋で唸っていても何も良い考えは思いつかないだろう、と感じれば千寿は五条の提案にこくりと頷いた。

「……それで、これがその成果ですか」
 目の前に置かれたプラネタリウムのチケットを見つめながら、七海は静かにそう問いかけた。
「私も初めて見たけど、すごく綺麗だったの!一応私達が見たのとは違う内容のチケットだから、ネタバレはしてないよ、大丈夫」
「そういうことを言っているのでは無いんですがね」
 首を傾げて七海を見つめる千寿は気付いていないのだろう。他人の恋路を真面目に応援するような甲斐性を、五条悟は持ち合わせていない。
 自分が千寿とデートをする口実、千寿がプレゼンと称して自分たちのデートの惚気を七海に聞かせる、そんな節々に五条の底意地の悪さがにじみ出ている。
 とはいえ、千寿が悪いわけでは無いことは分かりきっているため怒るに怒れない。
「あ、それとね、ええと……カップルシートっていうのもあったんだけど、流石にやり過ぎだと思ったから、数の少ない特殊席にしてみたの」
「……聞きたくは無いですが一応確認します。真玉さんはどの種類の席に?」
「……あっ」
 騙された、という顔に漸く気が付いたのだろうと深くため息が零れた。
「貴女からの折角の気持ちなので、一応これは受け取りますが。今後こういった事は控えて頂けますか」
 そう言いながら懐へしまえば、寂しそうな、申し訳なさそうな千寿の笑った顔が視界に入る。
「ご、ごめんね、出しゃばっちゃって」
「迷惑だと思ってはいません。……もし相談がある時は、私からきちんと声をかけますので」
 お願いします、と告げれば嬉しそうに千寿は胸を張った。
「うん、任せて!ちゃんと答えられるようにしておくから!」
 彼女は兎も角、五条の邪魔が入らなければ良いが、と密かに七海は強く願った。





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