サクラ咲け


 昼下がりの高専内、じっと此方に視線を送る千寿をあえて無視しながら、七海は新聞に視線を落としていた。
「七海君、もう三月終わっちゃうよ」
「何が言いたいんです」
「先輩に本当に何もあげないの?」
 先輩、と聞いてぴくりと七海の眉が上がる。ため息をつきながら新聞から視線を外せば、淡々と言葉を続けた。
「確かにあの人は貰う側だと言いましたが」
「でもあげない理由にはならないよね?」
「……あの人に適当なものを渡すととんでもない事になるんですよ」
 ガラクタがガラクタでは無くなるのを目の当たりにしている七海はため息をつきながらそう答える。
 千寿は不満そうな表情を浮かべて七海に更に詰め寄った。
「あげようよ、絶対先輩は七海君からプレゼント貰ったら嬉しいって、ね?何かしらあげようよ」
「……貴女、少し五条さんに似てきたんじゃないですか」
「出過ぎた真似をしました本当に申し訳ありません」
 さっと顔を青くしながらそう綺麗に頭を下げる千寿を見て、七海は呆れたようにため息をついた。
「やけにあの人の事になると熱心になりますね」
「いつもお世話になってるし、七海くんにはちょっとでも幸せになって、ほしいな、って……」
「……他人の事より自分の身の回りを何とかした方が良いですよ」
「私?私はそんなに恋愛脳とかでもないからなあ、結婚願望とかも今の所ないし、そもそもいつ死ぬかも分からない業界だしね」
「今ものすごく聞かなければ良かったと後悔しています」
 きょとんと首を傾げる千寿を見ながら、諦めたように新聞を片付けた。
「そこまで言うなら、何か案はあるんですか」
 ぱあ、と嬉しそうにすれば千寿は少し考える素振りを見せて一言尋ねて来る。
「物はだめなんだよね」
「あまり良くないかと」
「食べ物……も、あんまり?」
「そうですね」
「えーと、えーと……じゃあ写真、とか?あ、今ちょうど桜だし、散る前に一枚どうかな?」
 千寿の提案に少し考えれば、七海はかたんと椅子から立ち上がる。
「この辺にありましたっけ」
「うん!この前見かけた時まだ咲いてたから、少し先に咲いてるところあったよ!」


 高専から出て少し先の脇道を歩けば、ひらひらと桜の花びらがゆっくりと降っていた。
「こんな所に桜の木があったんですね」
「私もこの前はじめて知ったんだけど、もっと前に知ってたらお花見できたのにね」
「上の学年の五条さん達がやかましそうなので却下で」
 ゆっくりと道を歩けば、七海はスマホを掲げてうろうろと周りを歩く。
 千寿はそれを少し離れた所から見つめていれば、そっとカメラに姿を写した。
「撮れた?七海君」
「まあ、一応は……あの人がいつ見るかは分かりませんが」
「でもちゃんと見てくれるから大丈夫だよ」
 にこにことそう告げながら、千寿もメッセージを開いて先程の写真を添付した。

【真玉千寿から一件の新着メッセージ】
七海君と桜です。




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