Nostalgia


クリスマス


 12月25日。世間はクリスマスで大賑わいしている中で、呪術師はそんな事はお構い無しに西へ東へ任務の為に奔走する。
 それは特級呪術師の五条悟も例外では無く、早朝から任務に生徒の指導にと1日休む暇なく働いていた。
 普段の様子を見ている千寿は、車内で疲れただのサボりたいだの、上層部が使えないなどといった文句を並べもせず、口を真一文字に結び何処か遠くを眺めている様子に段々と心配になってくる。
 おまけに今日は東京でも珍しく大雪、積雪、路面凍結とホワイトクリスマスとは言い難い悪天候で。高専へ戻ろうとするも先程から車道は少しずつしか進まない。
 どうしたものかとため息を吐けば、数時間ぶりに五条が口を開いた。
「ちょっと止めてくれる?」
「え、は、はい」
 五条の指示にゆっくりと歩道側に車を止めれば、躊躇いなく車を降りていく。
「すぐ戻るから、待ってて」
「え?あの、五条さん」
 返事も聞かずに雪の中すたすたと歩き去っていく背中を見つめながら、仕方なく戻るのを待とうと気を抜けば、夜蛾学長からの着信が鳴り響いた。
「はい、真玉です。そうですね……あ、やっぱり……はい。え、良いんですか?……分かりました」
「──誰から電話?」
「うわ、五条さん。おかえりなさ……」
 通話を切った直後に声をかけられれば、びくっと驚いて振り向く。車内に戻った五条に返事をしようとして、彼の横に置かれたものに次の言葉が消えていった。
「……それ、なんですか?」
「クリスマスケーキだよ、売れ残ってたみたいだから買ってきちゃった」
 さらりと答える彼の横には、可愛らしい有名チェーン店の箱が3箱程積まれている。
 甘いものが好きだと知ってはいたものの、3箱も食べるのかと少し驚いていると、五条は話を続けた。
「で、電話は?伊地知?それとも学長かな、戻るの遅いとか?」
「学長からですよ、確かに遅いとは言ってましたけど……こんな天気じゃみんな戻っていないみたいで。それで、報告書は明日で構わないそうです。直帰もして良いと」
「そっか、じゃあ僕の家が一番近いかな。今日はもう遅いし泊まるでしょ」
「……お世話になります」
 お互いの家に向かうには、今日の天気はあまりにも時間がかかり過ぎる。仕方がないと答えれば再び車を走らせ、五条の自宅へと向かった。

 五条の自宅に辿り着いた頃にはそろそろ日付も変わるだろうという時刻で、冷えた身体を温めようと暖房や紅茶を準備する。
 その間、五条は途中で買い込んだクリスマスケーキを次から次へと口へ放っていった。切り分けもせず、ホールごと黙々と。
「……どうしたの、そんなに見つめてきて」
「すみません、なんでもないです」
「あ、もしかして千寿も食べたかった?」
「流石にこの時間はちょっと……遠慮しますね」
 きょとんとしながら差し出されたものの、深夜にケーキを食べるのはと断りながら、五条がひたすらにそれを食べているのを眺めるだけでも胸焼けしたような気持ちになった。
「あーあ、せっかく千寿に何かプレゼントでも用意しようと思ってたのに」
「そんな、気持ちだけで充分ですよ。私も何も用意できてませんし……」
「……じゃあ、さ。お願いひとつ聞いてよ」
「……なんでしょうか」
 普段なら、何かよからぬ事を企んでいるかもしれないと直ぐに頷く事は無いものの、本当に疲弊している様子の五条を見つめていれば今日くらいは、と素直にお願いの内容を千寿は尋ねた。
「千寿と一緒にお風呂入りたい。寝る時もいつもの客間じゃなくて、僕のベッドで一緒に寝て欲しい」
「え、あの、えっと」
「何もしないって、約束する。だめ、かな」
 ちらりとこちらを見つめる蒼眼に言葉を詰まらせる。普段より寂しげなその眼に、思わず千寿は分かりましたと頷いた。

 底の見えない乳白色の湯船に2人で浸かれば、お互いに髪を乾かし合いながら五条の寝室のベッドへと身を沈めた。
言葉通り、ただ風呂に入り眠るだけ。普段なら絶対に何かしてくるであろう五条は嬉しそうに微笑んで千寿を抱きしめているに留まっている。
「千寿は小さいね」
「それ、お風呂でも言ってましたよ。悟さんが大きすぎるんです」
「嬉しいなぁ、千寿が僕と一緒に寝てる」
「お願いされましたから」
「……夢みたいだ」
 ぎゅう、と回された腕に力が入る。今日の五条は様子がおかしいと思いながら、最強とはいえ彼も人間だからこういう日もあるのだろうと納得してはそっと五条の服の裾を握る。
「頼まれれば、いくらでも一緒に寝ますよ」
「……本当に?」
「嘘はつきません」
「僕の彼女は優しいな」
 嬉しそうな顔に思わずつられて微笑めば、ちゅ、と額に優しく口付けられる。
「おやすみ、千寿」
「はい、おやすみなさい」

 翌朝、いつも通り起きたくないと駄々をこね始めた五条のせいで、高専に戻るのが遅れたのは言うまでもない。



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