Nostalgia


お正月


 師走。一年も終わりに差し掛かった頃、五条は日々子どものように駄々を捏ねていた。
「やだやだ絶っ対に今回は帰らない!千寿と年越すって僕の中では決まってるの!」
「私に言われても困りますし、家の人たちも困っちゃいますよ」
「勝手に困ってればいいんだよあんな奴ら」
「もう……またそうやって」
 小さくため息をつきながら自分にしがみついて離れない五条にどうしたものかと思考を巡らせる。
 五条家嫡男、ほぼ彼一人で回っている御三家のひとつともあれば、年末年始は本家に戻って挨拶やら宴やらと忙しく立ち回るのが毎年の常である。
 禪院家の真希も帰ることはないが、あんな行事の日は周りがうるさいだけだと愚痴を零しているし他のそれなりに名前の通っている名家の呪術師は何処も彼処も同じように忙しいのだろう。
 それを、五条悟は数日前から拒絶している最中である。
「せっかくの恋人との時間をなんであんな退屈で面倒くさいモンに取られなきゃいけないわけ?無理。絶対行かない」
「でも毎年の事じゃないですか」
「……だって、僕が本家に帰ったら千寿は一人で正月を過ごすんでしょ?最悪の場合悠仁達なんかに誘われてしたくもない事してる僕を差し置いて初詣に行っちゃうんだ……」
 ぐりぐりと千寿の肩に額を押し付けながら、めそめそと泣き言を零す五条に困り果てながら、何とか機嫌を直そうと試みる。
「分かりました、初詣は悟さんとしか行きませんから」
「それだけなんて嫌だ、おせちだって雑煮だってぜんざいだって千寿と食べたい」
「食べ物ばっかりですね……?」
「のんびり千寿と過ごしたいの!嫌だあ……離れてる間に僕以外と新年過ごす千寿なんて嫌だ……そんなに言うなら千寿が自力で出られないようにしてから本家に行く……」
 物騒な言葉が聞こえつつ、厄介な事にならないようにしなければと五条の背中を優しく叩いた。
「悟さんが本家嫌いなのはもちろん分かってますけど、流石にこういう行事はちゃんと出ないと駄目ですよ」
 待ってますからと優しく告げれば、五条はむすっとした顔でしばらく何かを逡巡していた。

「元日は帰る」
 三十日。年内の書類も片付け明日は年越しの準備をと予定を考えていれば、千寿の部屋に乗り込んで来た五条は開口一番そう告げた。
「元日は仕方ないから帰る。で、二日以降は千寿と一緒に過ごすから」
「……大丈夫なんですか?」
「家の奴らにもそうやって念押ししたからいいんだよ。むしろ一日は居てやるんだから僕が譲歩してあげてる方でしょ?」
 至極当然といった顔で告げる五条は、今まで駄々を捏ねていた時よりは機嫌の良い表情でべったりと千寿に抱きついていく。
「手が空いたら連絡するからね、誰かと初詣とか行っちゃ駄目だよ」
「そんなに心配しなくても、部屋で一日のんびりしてますよ」
「約束だからね、もし誰かと一緒に居たら次は絶対本家行かないから。ていうか千寿のこと誰にも見せないようにするから」
「ちゃんと悟さんが帰るの待ってますから、サボっちゃ駄目ですよ」
 こんな調子で大丈夫だろうか、と一抹の不安を抱えながら、一年最後の日は二人で年越しそばを食べて過ごしてから、五条は泣く泣く早朝に本家へ向かって行った。
 言葉通り逐一携帯には「今何してる?」「めんどくさい」「早く帰りたい」「お汁粉食べたい」等と五条からの連絡が絶えなかった。
 適当にそれらに返信しつつ、千寿は炬燵に入り込んでのんびりと読書を続ける。

「──ただいま千寿ー!もうほんと相変わらず過ぎて一日居ただけで胸糞悪いよ!」
 日付が変わる少し前くらいに戻って来た五条は、愚痴を零しながら携帯の電源を落とし何があっても梃子でも動かない意志を見せながら、炬燵に入り込んでいく。
「おかえりなさい悟さん」
「明日は僕とお参りしようね、家にあった着物適当に持ってきたから。あ、勿論着付けも手伝うよ」
「着るって言ってないんですけど……?」
「そのくらいご褒美にしてくれたっていいんじゃない?」
 褒めてと言わんばかりの顔でこちらを見つめる五条に、断ればまた駄々を捏ねかねないと思えば着物くらいなら、と千寿が折れた。
「じゃあ、お願いします……あの、ちなみにどれくらいの着物なんですか?悟さんの家のものならすごくいい物なんじゃ」
「うーん、教えてもいいけど、聞いたら絶対千寿着てくれそうにないから秘密」
 その一言だけで血の気が引いていきながら、絶対に汚さないようにしようと千寿は密かに誓った。



- 2 -

*前次#


ページ: