Nostalgia


赫の糸を辿る


 厳格で格式高そうな、けれど中身は変わらず保身、世襲の馬鹿の集まりのその家で二度目の生を自覚した。
 違う所といえば、今回は幾分か自分が身軽であることくらい。
 家の人間は自分の将来に何やら期待をしている様だったが、別に従わずとも世界が滅びるだなんて事があるわけでもなく。
 自分が二度目の生を受けたのなら、あるいは。と、以前から好意を寄せる彼女のことを思い浮かべた。
 もう少し歳を重ねたら、その可能性に賭けて愛しいあの子を探しに行こう。なんてひっそりと心に誓って取り敢えずは前世より自由な幼少期を謳歌しようと日々を過ごした。そんな矢先。
「え、えと、こんにちは」
「……え」
 ──居た。
 見た目は自分より少し幼く、けれど面影は確かにずっと見てきたあの子と同じ。自分の魂もあの子だと確信していた。
 目の前で声をかけてきた少女は、少し緊張した面持ちで此方を見ている。
「……ちと、せ、だよな?」
「へ、な、なんで名前分かったの!?」
「何でって、俺が千寿のこと間違えるはずないでしょ。あー良かった、こんなに早く会えると思ってなかったからさあ」
「……え、え?なんの、はなし?」
「何って、白々しいなあもう。千寿だって生まれ変わってたってことだろ?これからも一緒に居ようね」
 にこにことそう手を差し出せば、彼女は困惑した様子で何故か距離を取り始めた。
「うま、れ……ご、ごめん、なさい?私、よく、分からなくて」
「……は」
 どうやら、彼女に前世と呼ばれる記憶は無いらしい。

 あの後、何とか警戒した彼女に誤魔化して改めて仲良くしようと距離を詰めていけば、現在の彼女の身の回りのことを根掘り葉掘り聞き出した。
「家、どこにあんの」
「公園の、もうちょっと向こうだよ」
「ふーん……」
 予想以上に近所に居たことに舞い上がる。必死に幼い表情筋を隠そうとぶっきらぼうに返事をしてしまって少し焦った。
 ふと、彼女を見てその違和感にぽつりと問いかける。
「その髪さ、白いね」
「あ…やっぱり、へん、かな」
 見た目は同じ、けれどあのひと房だけ白い髪に疑問が浮かぶ。だってあれは、前世において自分が傷付けたせいで変化した髪色だ。後天的なもののはず。
「生まれた時から、こうなんだって。おばーちゃんみたいで変だよね」
「変じゃない」
 誰かに言われたのか、少し落ち込んでいたあの子の頭をそっと撫でる。柔らかくて綺麗で、前世と変わらず可愛いあの子だ。
「変じゃないよ、綺麗」
「……ほんと?」
「嘘なんかつかないから」
 にこりとそう笑えば、恥ずかしそうに赤くなって俯く姿。…幼い姿なだけでも可愛いのに、昔は全く見れなかったそんな顔をされたら我慢が効かなくなりそうだ。
 これからどうやって意識して貰おう、とりあえず約束だけでも今すぐ取り付けておこうか。なんて幼い彼女と日々を送っていれば、唐突に冷水を浴びせられたような事態に陥った。
「──はあ?引越し?なんで」
「坊ちゃんに相応しい学校へ通って頂きたく、もう少し都会の方へ引っ越すことになりました」
 流石に幼い子どもの姿では抵抗してもしきれなくて、悔しさで奥歯を噛む。


 なんて苦い記憶が数十年前。その時の従者は即刻辞めさせたけれど、それで引越しが無くなったわけでもなく。
 成長して自力であの場所へ行けるようになってから会いに行っても、あの子も別の所へ越してしまって完全に消息がわからなくなってしまった。
 けれど、まあ、同じ時間で生きているのが分かっているのが救いだ。
 あの子と別れてしまってからも、そういえば本が好きだったな、今でも好きかな、趣味も前世と同じかな、なんて頭の中は彼女の事ばかりで。
 この広大な世界でもう一度彼女と会う足掛かりになれば、などと軽い気持ちで執筆を始めたのが数年前。

 前世からの執念、執着、愛情から誕生したのが、人気作家五条悟その人である。



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