Nostalgia


邂逅の手紙


 室内にけたたましい程の着信音が鳴り響く。
 気怠そうに五条が応答ボタンを押せば、焦ったような声がスマホ越しから聞こえてきた。
「や、やっと繋がった!この前の返事、今日までなのに何も返してないじゃないですか、五条先生!」
「えー、僕そういうの嫌いなんだけど。ちゃんと原稿の締め切りは守ってるでしょ」
「い、いつもギリギリに出してくるのに……責めるほどじゃないから注意されないだけなんですからね!?」
「責めるほどじゃないなら責めないでよ。で?なんか急ぎなの?」
「この前話したじゃないですか、サイン会の話ですよ」
「あー、サイン会ねえ。面倒だからパス」
 とん、とスピーカーに切り替え、椅子に背を預けながら五条は興味がなさそうにそう答える。
「そんなあ、またですか?今回くらいはサイン会しましょうよ、皆期待してますよ」
「前から言ってるけどさ、僕そういうのには興味ないんだよね。正直作家やってんのもいつ辞めても良いっていうか。だから極力面倒なのはパスしたいからさ」
「な、なんで作家やってるんですか……いや出版社としてはありがたいですけども」
「成り行き?まあ僕にとっては手段のひとつなだけだから。そういうわけで今後もサイン会は無しってことで、ヨロシク」
「え、ちょっと、五条先生─」
 一方的に通話を切れば、五条は届けられたファンレターを作業的に選別していく。
「昔もラブレターとか呪いの手紙とか色々貰ったなー、懐かしいとか言うとまた変な顔されそうだけど」
 くすりと笑みを浮かべながらぽいぽいと手紙を捨てていけば、ある一通の手紙でピタリと動きが止まる。
「は……マジか」
 その他の残りの手紙を全て放り捨てれば、ゆっくりと手に残った封筒を開けていく。
 丁寧な文字と言葉で綴られた感想を読んでいく。文面から手紙の主がどれだけこの小説を好きなのかが手に取るように伝わった。
 次回作を楽しみにしていること、イベントがあれば足を運びたいと思っていること。作者自身を気遣う文で締められたその最後の名前に、五条の口角は上がっていった。
「……はは、見つけた」
 真玉千寿と書かれたそれを大事そうに握りながら、五条は先程の担当編集に再び電話をかける。
「もしもし?さっきの話だけどさ、そうそうサイン会の。やっぱりやってもいいよ。じゃ、そういうことだから詳細よろしくね」
 電話越しの叫び声を無視して通話を切れば、五条は上機嫌で再び手紙を眺めた。
「次は絶対手放したりなんかしないから、待っててね、千寿」



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