「ちょっと君の意見を聞きたいんだが」
知恵の殿堂。そこに置かれた机に本を広げて論文を書いていれば、どかりと目の前に座った男は開口一番そう告げた。
「……あの、私、まだ自分の論文が」
「すぐに終わる!第三者からの意見が聞きたいんだ、ここの組み合わせなんだが……」
そう言ってこちらの意を介さずに広げられた設計図。目の前に座るスメールの建築家、カーヴェはその細い指を図面に滑らせていく。
自分とは派閥の違う妙論派である彼は、少し前からこうして何かにつけて自分に声をかけてきては意見を聞きたいのだと毎回設計図を広げて尋ねてくる。
自分以外にだって学者は居るし、何より同じ妙論派の人間に聞く方が余程有意義では無いかと思うものの、彼の勢いはそれに聞く耳を持たない様子である為口にせず、仕方なく自分の所感をぽつりと言葉にした。
「なるほど……分かった。貴重な意見をありがとう、邪魔をして悪かった」
「いえ、お役に立てたなら」
程なくして、意見を聞き終えたカーヴェは嬉しそうに顔を綻ばせながら御礼を告げる。
広げていた設計図を片付ければ、彼は颯爽とその場を後にしていく。ぼんやりと慌ただしく去っていったその姿を見送りながら、ひとつ息をついてまた自分の論文へ向かってペンを走らせた。
そんな日々が暫く続いた後、カーヴェはまたいつものように意見を聞きに来たのかと思えば予想外の言葉を口にした。
「君、明日の予定はあるかい。付き合って欲しい場所があるんだ」
「え、わ、私ですか?明日は……特には」
「確か論文も提出が済んでいたよな、なら明日またここで待ち合わせよう、見せたいものがあるんだ」
「は、はあ……」
論文の提出なんて、あのカーヴェが把握していたのか、などと失礼な疑問を抱きつつも、にこにことご機嫌なカーヴェの表情に流されながらそのまま明日の約束を取り付けてしまった。
翌日、約束した場所へと再び赴けば、既にカーヴェは落ち着かない様子で自分を待っていた。
「ああ、やっと来たか!それじゃあ早速行こう、早く見て欲しいんだ」
「え、あの、ちょっと」
自分を視界に入れたカーヴェは嬉しそうな顔でそう告げると、何か答える前に手を取り目的地へと悠々と進んで行く。
連れられた場所には一見普通の民家のような建物があり、カーヴェはその扉を躊躇うことなく開けた。
「どうだろうか、君の意見を最大限に生かしたんだが」
そう告げながら中に入れられれば、そこには創意工夫が凝らされた一室がまるで見本のように存在していた。
「え、あの……っこれ、どうしたんですか」
「君、前に部屋が手狭になってきていると友人に零していたそうじゃないか、折角だから新しい部屋を用意してみようと思って一から僕が作ってみたんだ」
その言葉にぽかんと呆気に取られていれば、カーヴェはお構い無しに部屋の説明を述べていく。
言われてみると、どれもどこか見覚えのあるものが多く存在している。家具の配置、色、形……全てここ最近、彼に意見したものと酷似している。
「どうだろう、気に入ってくれたら良いんだが」
「あ、えと……凄く素敵だと思います、でもそんな、頂けませんこんな部屋、私そんなに大きな額は払えません」
「別に請求するつもりなんて微塵もない!これは僕からのただの好意だ、受け取って貰えないとこれを作った意味が無くなる」
「で、でも……」
「最近、教令院に泊まり込みだったんだろう、いい機会だと思ってくれたらいいさ。たまに僕もお邪魔させてくれれば」
「それは、カーヴェさんが作ったんですし断る道理はありませんよ」
躊躇ってばかりいれば、彼の善意に溢れた言葉に段々と断っている事に対して罪悪感を覚えていく。
「……ここを、君の帰る場所にしてくれたら僕は何よりも嬉しいんだ」
伏せられたその目に、思わず息を飲んだ。
整った顔立ちが憂いを帯びた姿はどうにも絵になる程に綺麗で、少し逡巡した後カーヴェに小さく呟いた。
「……分かりました、有難く使わせて貰いますね」
「本当か!?良かった、何か困ったことがあったら直ぐに相談してくれ、君のためなら最優先で解決するから」
ぱあ、と分かりやすく嬉しそうな顔をしてそう告げるカーヴェを見ながら、どうしてここまでしてくれるのだろうかと疑問に思いながらもつられて笑みを浮かべた。
──そういえば、部屋が手狭になったのを誰から聞いたのだろうか。