SSS


1_次元**者

酷いマゾヒズムだ。ひりひりと舌が焼ける様な感覚を楽しんでいる。
「警部補さん」なんて言い慣れない呼称を口にして、まるで悲劇に迷い込んだ幼子の様な表情を浮かべて見せる辺りが浅ましい。私にとってこの世界は間違いなく喜劇だろう。
気付いている癖に。妖しげな異界人が背後で愉しそうに嗤った。


2_生き方は似ているのです

僕には、年下の義姉がいる。おっと、訂正。『将来の』義姉だったね。目付きも口も悪い兄とは似ても似つかない、まだあどけなさの残る少女は「あの人の生き方が好きなんだ」と語る。傷だらけで笑う彼女は、どうやら自身の姿が恋人と重なっていることに未だ、気付いていないらしい。

3_惚れ直した?

「おつかれさま」
深夜、リビングのソファの上。そう柔らかな声色と共に抱き締められ、ダニエルは思わず目を見開いた。何も言わず、何も聞かない。ただ一言告げられたその言葉が、彼女の愛そのものだった。
「…お前、ンなにいい女だったか…?」
お世辞にも素直とは言えない言葉が口から零れ落ちても、年下の恋人は穏やかに笑う。
「ふふ、惚れ直した?」
「…おう」

4_自分だけが知っていればいい

口数の多いダニエルの恋人は、自室のドアを潜った瞬間から鳴りを潜める。まるでスイッチが切れたかの様にクッションを抱え隣に座る様子は、普段の彼女を知る人間ならば想像もできない事だろう。あきの横顔を眺めながらふと、「疲れないんですか」と、いつだったか部下に聞かれたことを思い出す。
「…まあ、案外疲れねえモンだぜ」
静かな彼女の事は、自分だけが知っていればいいのだ。

5_悲恋は常に美しい

人は、悲しい結末に美しさを見出す。叶わなかった片恋、志半ばで沈んだ船、愛おい入との死別。過ごした日々の苦痛も嫌悪も全て覆い隠して、人々は失ったものを美化する。そうすれば美しい感情だけが残されたまま、愛は標本になる。時間が経っても輝きを失わない、まるで宝石だ。
もし、最も美しい恋の形が悲恋だと言うのなら。私は醜くて構わない。滑稽で、愚かしく、目を塞ぎたくなるような醜さを心の中に飼って居ようとも、愛しい彼の隣に並び立とう。

6_執着
※情事匂わせ

「ダニエルくんって、痕つけるの好きだよね。」
昨夜の余韻を残す腰をさすりながら体を起 こし、ヘッドボードに先れると太腿に残る鬱血痕 やら何やらをなんとなく眺めた。
「…、痛むか。」
寝起きだというのに寝そべったままの彼は煙草に火を点けると煙をゆっくり吸い込んだ。喉は痛くならないんだろうか。いつも思う。
「寝煙草禁止。」
唇を尖らせ煙草を取り上げれば、それに文句を零そうと口を開けた彼の唇へ嫌さず口付けた。肌を重ねた次の日の朝は、何故だか彼に愛されている自信が湧く。
そう、自分から 口付けるほどに。
唇をゆっくりと離すと頬に手を添えたまま微笑んだ。
「嬉しいだけだよ、ダニエルくん。」
前に進み続ける彼の、目に見えるこの “執着” が。
私にはとても愛おしいのだ。

7_海と約束

頬に当たる潮風が冷たい。手を温める為の吐息が白くふわりと広がった。
「やっぱ海は晴れててほしいよね〜」
波打つ音を聞きながら、頭上の男を見上げる。相槌の代わりに吐き出された煙草の煙は、波風に掻き消されていく。
「…ま、HLじゃ仕方ねえわな」
「……………、…い、」
いつか。2人で日本の海を見たいね。
そう言おうとして、慌てて口を噤んだ。それはけして約束でも、頼み事でもない。そんな夢というには小さ過ぎる望みでも、この街で生きる自分達にはきっと大きすぎる。

ああ。…それでも私の身体を引き寄せる腕は、確かにここに在るのか。

8_彼のみぞ知る

下世話な輩というのはどの国にも存在しているものである。
デリカシーを母親の胎の中にでも置いてきたのだろうか、現在私の背後からは言葉にするのも憚られる程の下品な言葉が飛び交っている。時折「聞こえたらどうすんだ!」と咎める声が聞こえるが残念、丸聞こえである。
自分の好きな服を着ているだけで搾取をされると言うのは深い極まりないものだが、振り向いて文句を言ったところでああいった輩はなくならない。
背後からの声がなるべく聞こえないように他所の店舗への目をやれば、肩を力強く引き寄せられた。腕の主はダニエル・ロウ。鳥頭にも程があるのだが、どうやら苛立ちを隠そうとしていたら相手と共に歩いている事すら忘れてしまっていた様だ。
顔を上げ相手の表情を見れば、彼は鋭い瞳で背後を眺めていた。
あれだけ煩かった猿の喚き声もいつの間か消えている。
わかっている。彼は私を守っただけで、この行動が決して嫉妬や独占欲から来るものではない事くらい理解はしている。
けれど、彼の力強い腕が、__まるでこの関係を見せ付けた様で。年中霧に覆われた空の下、堪らなく頬が熱くなるのを感じた。