違和感?
ここ数日、あきの顔を見ていない。いつもなら鬱陶しいくらいに俺の周りを飛び跳ねているというのに。風邪か?怪我か?と思考を巡らせても行き着くのは「飽きた」という答えのみ。そう、彼奴はまだ若い。俺も彼奴くらいの時は移り変わりも激しかった気がする。恐らく、いくら押しても靡かない相手に時間を浪費する無意味さに漸く気付いたんだろう。……だが、一言くらいあってもいいんじゃねえか。あんなに毎日毎日好きだ好きだと言ったくせに飽きたら興味ナシか。大人気ないと思いつつも募るのは苛立ち。
タイミングが良いのか悪いのか、今日はライブラとの合同ミーティングの予定が入っていた。なんでも大統領がこの街でパーティをするらしい。初めてこの話を聞いた時は外の人間の気楽さに頭が痛くなった程だ。またライブラに借りを作る苛立ちもあったが彼奴らがいなければ大統領はほぼ100%死ぬ。いや、死ぬだけならまだいいが、国家機密が全世界に流出するかもしれない。それだけは非常にまずい。大統領を守ることはこの国を守ることと同義というわけだ。
「おう、来たか。」
2Mを越える巨体に赤髪、目立つ容姿のボスが会議室に入ってきた。その後に続き借りを思い出させる様な嫌味な笑みを浮かべた細身の男が入ってくる。言葉にされずともわかるのは「これは貸しだぞ」という冷えた圧。
ぞろぞろと様々な構成員が入ってくるが、いつもなら真っ先に飛び込んでくる人間の顔が見えない。
今回は異界人のテロ組織に対策する為に彼奴の力がいるのだが。
どこか落ち着かない様な感覚になり入り口を見つめた。
「…部補、…警部補?」
は、と気付けばスターフェイズが俺を不思議そうな顔で見つめていた。
「…何だ、まだ時間じゃねえだろ」
「…いや、あきならここだけど」
スターフェイズが示す方を見ればラインヘルツの陰に隠れるあきが見えた。
「ア?別にこいつを探してたわけじゃねぇよ、なに言ってんだ」
誤魔化す様に煙草を咥え火を付けると時計へ目をやった。
…誤魔化しはしたが、俺の脳内は苛立ちが半数を占めていた。
なんで隠れる。
いつもなら俺の名前を呼んで周りをうろちょろしてんだろうが。
そう言ってやりたかったがライブラの構成員が集まる中そんなみっともない真似は出来なかったし、何より時計がミーティングの開始時間を指していた。
作戦の打ち合わせや情報の擦り合わせが終わり、ラインヘルツは頭を下げ、スターフェイズは笑顔で嫌味を発して部屋を出て行った。
そして今、俺の隣にはあきがいる。
なぜかと聞かれればそれは"俺が引き止めたから"だ。
引き止めたのは別に俺があきを心配しただとか、俺に向かってこないあきに対して不満だとか、そういったことではない。断じて。
異界語の資料を翻訳するのにこいつが必要だっただけだ。
「おい」
そう声をかけると大袈裟な程に肩を跳ねさせた。
怖がらせている様な気にもなるその行動にもどかしさを感じ、眉を寄せてしまう。それを感じ取ったのか表情を曇らせるあきを見て、ああまた怖がらせてしまったと、自分の不器用さにまた不満が溜まる。
「…何かあったのか」
自分のこの靄がかかる様な気持ちがなんなのかわからないまま、なるべく柔い声色を保ったままあきに尋ねた。
あきは、驚いた様に目を見開くと目を泳がし静かに俯いた。そんなに言えないことなのか。
どう考えても、ここ最近のあきは"おかしい"。
………そう言葉にして納得をした。この靄がかかった様な気持ちは"違和感"だ。あきが俺の周りをうろつかないのも、ラインヘルツの陰に隠れ俺から逃げる様な態度を取るのも、俺と言葉を交わすのに迷っているところも全部。そう、"らしくない"のだ。
納得がいった、と心の中で何度も頷くがやはり、何処か釈然としない。何処が俺に引っかかっているのかはわかっている。ただそれは、認めたくない、いや、認めてはいけない気持ちだった。そう、これも違和感のひとつだと、心の中で首を振った。
あきは俺の言葉を聞いた後暫く黙り込み、そのあと蚊の鳴くような声で「ごめんなさい」と呟いた。
顔を覗き込めば、ぼろ、と効果音でもつきそうなほどに大粒の涙を溢れさせ泣き出した。
ぎょっとして、慌ててコートの袖であきの涙を拭った。まるで出会った時の様だ。「泣くな泣くな」と相手を宥めながらそう思った。
「ダニエルくんに、嫌われたくない、…!」
俺のコートの袖をしとどに濡らしたあきは、目を合わせないままにそう零した。
「…は」
思わず漏れた声にあきは何かが決壊したように言葉を溢れさせる。
「ダニエルくんが好き、好きだよ、だから、ダニエルくんには嫌われたくない、でも、こんな鬱陶しいやり方じゃダニエルくんに嫌われてばっかりだって、わかったから、だから、頑張ってダニエルくんから離れようとしてた、なのに、」
身体が動いたのは多分、反射だった。嫌われたくないと泣く目の前の不器用な女を、愛おしく思った。
認めよう、俺の負けだ。
いや、認めたくないと思った時点でもう負けていたのかもしれない。
「ダニエルくん、えっ、どうしたの、ねぇ、」と驚きで涙も止まったあきが耳元で騒いでいた。
「…鬱陶しくねえよ、俺は__」
___ああ、反射で動いた10秒前の俺は、この言葉の続きを2秒後の俺に丸投げすることにしたらしい。