ドア・イン・ザ・ボックス


アダムとイヴは、蛇に唆されて禁断の果実を口にした。
そんなものを口にしなければ、二人はきっと、いつまでも楽園にいられたのに。

しゃりしゃり。

私は、大部屋の端で林檎を向いていた。
空っぽのベッド傍らで、何個も、何個も。
何回林檎を丸裸にしたってバスケットの中の林檎は減らないし、皿もいっぱいにはならない。
隣のベッドに寝ていた|異界人≪ビヨンド≫が「俺が食ってやろうか」と話しかけて来たが無視をする。放っておいてくれ。何故だか私は、この林檎を一人で片付ける必要があると思ったのだ。
ふと手先が狂い、ナイフで指先を傷つけた。親指の腹、一直線に入った傷口から真っ赤な血が溢れ出る。
出血が止まらないのに、痛みは不思議と感じない。

あ、ーーーーーーこれは、夢か。

それを自覚した瞬間、意識が引き上げられた。

目を開けると最早慣れすらも感じる病院の天井が目に入る。
先程とは違いずきずきとした痛みが身体の所々で騒いでいた。
ベッドの傍には、誰もいない。

「………りんごが、たべたい」
「林檎ならあるぜ、嬢ちゃん」

ぼそりと呟いた声を拾ったのか、隣のベッドに寝ていた異界人に声を掛けられる。その異界人はかなりの重傷のようで、(恐らく)両手両足にはしっかりと包帯が巻かれていた。

「…ありがとうございます」

身体を起こして林檎を手に取り、側に置かれたナイフで皮を剥き始めた。器用とは言えない私の手際ではかなりでこぼことした表面にはなったが、見た目が悪いからと言って食べられないものではない。

「貴方もおひとつ、いかがですか?」
「俺はいらねえよ、さっきたらふく食ったもんでな」

そうですか、と緩く言葉を返しながら林檎を一口齧れば、ふと先程の夢を思い出す。

あれ。

この異界人って。


気付けば私は、ダニエルと机を挟んだ状態で向き合って座っていた。
目の前には、綺麗にカットされた林檎が置いてある。考えなくともわかった。これは夢だ。
言葉を発したのは、私の方からだった。

「ダニエルくん」
「なんだ」
「もしアダムとイヴが楽園を追放されることを知ってたら、禁断の実なんて食べなかったのかな」

私の問い掛けにダニエルは目を伏せ、ほんの数秒黙り込んだ後に口を開いた。

「…知恵がなけりゃその判断すら出来ねえっつうオチだろ。知らねえモンを知りてえと思う好奇心が、追放どころでどうにかなるっつうなら俺たちは今こんな苦労をしてねえ」

ダニエルは林檎を一切れ、口に運んだ。
私にはその行為がとても背徳的なものに見えて、頬を赤く染めて俯く。
テーブルの上の林檎が視界に入り、思わず手を伸ばした。果汁で指先が濡れる感覚がする。

「……もう、知らない頃には戻れないね」
「っは、…楽園なんざ、今更だろ」

耳に触れた囁きは、蛇の甘言か。




……しゃく。