比較と逃避、それから_

ヘルサレムズロットこの街は、すべての坩堝だ。
人間ヒューマー異界人ビヨンド、異世界人。生まれも育ちも境遇も、生きる世界も違う様々な生き物が一つの街に密集している。この街じゃ訳ありも珍しくないどころか、誰かしらひとつやふたつは特殊な事情を持っているのが当たり前。
裏社会に根を張る秘密結社に所属していれば尚更だ。
凄惨な日々を見てきた人間からすれば、"春秋あき"が抱える事情など、ありふれたものでしかない。
親と死に別れることも、機能不全の家庭で育つことも、突然異世界で命を賭けるようになることも、このまちに比べればありきたりで矮小な出来事でしかない。そう思わなければやっていけない。助けてくれと泣いて叫んだところでどうにもならないことなど、既に身を持って知っている。
一度、「汚いと思わないのか」と尋ねたことがある。
自分以外の男の手垢がついた女の身体を、愛せるのかと。
ダニエルは、いつもの表情を浮かべたまま声色ひとつ変えず淡々と告げた。
「お前は、それをお前と同じ被害に遭った人間に言えるか?」
「…まさか!そんなこと思うわけない!」
「そうだろ。」
優しく頬を指先が撫でる。慈しむ様に、傷付けぬ様に。
「…惚れた女を汚ねえと思う男が何処にいる。」
ぼろ、と大粒の涙が落ちる。
少女の口からは言葉が出ないまま、嗚咽と共に頬を伝ってダニエルのシャツを濡らす。
許されたかったのだ。自分で自分を許せないから、一番愛する人に、自分を許して欲しかった。
「人に向けて言えねえ言葉で自分をわざわざ傷付ける必要なんざ、『もう』ねえだろ。」
ダニエルは背を丸めるあきに腕を回し、幼子にする様にとん、とん、と一定の間隔で刻む。

普段は言葉の足りない男によるその行為と言葉達は、確かな愛の証明であった。