出られない部屋 再び


どうしてこうなった。
あきは生まれてから18年という時を過ごしてきたが、ここ数年でそう思う事が確実に増えた。このなんでも起こる超トンデモ都市≪ヘルサレムズ・ロット≫でその理由を求めるのはお門違いだということも既に理解している。だが、目の前にデカデカと書かれた「セックスしないと出られない部屋」という文字に、少女は頭を抱える以外の対応を知らないのだ。

ふぁっく、ゆー。
汚い言葉が漏れてしまったがこれは「くそったれ」という意味であり、決してそういう意味ではない。いやほんとに。いっそのこと「英語出来ないのでなに言ってるかわかんない!!」とアホ面を決め込みたいところだがそうはいかない。
そう、共に閉じ込められている相手がダニエル・ロウだからだ。
「…ダニエルくん…」
泣き出しそうな声で後ろを振り返ると、同じように頭を抱えたダニエルの姿が視界に入った。気持ちはわかる。突然わけのわからない部屋に閉じ込められて、ポルノ以外では聞いたこともないような要求をされたら誰でもそうなる。あきは声を掛けるのを後回しにして部屋を見渡した。
広々とした一室に用意されているのはベッドと冷蔵庫、テレビ、それからチェスト。冷蔵庫には数点の飲み物と、出来るなら直視したくない何やらいやらしげなラベルの貼られた栄養ドリンクのような物が入っていた。因みにチェストからは目を逸らした。知識"だけ"は立派なあきの脳が「ロクな物入ってないからやめとけ」と喚くのだ。ガラス張りの別室にはどうやらバスルームがあるらしい。一応、確認しておこうかな。迷いながらもノブに手をかけた瞬間。
「あき」
背後から声を掛けられ、大袈裟な程に肩が跳ねる。あきは努めて平静な声色と表情を作り振り返った。振り返ったあきの瞳に映ったのは、真剣な表情で拳銃を構えるダニエルの姿だった。
「ちょっと待ってろ、ンなドアぶっ壊して開けてやる」
「待って!?!?!?」
悲鳴のような声が出た。まさかそんな言葉が飛んで来るとは思ってもいなかったのだ。まだ部屋の調査が終わってない、だの、発砲した時のリスクが分かってない、だのワーワーと喧しいあきを無視してダニエルは蝶番へと発砲した。それはもう迷いのない表情だった、らしい。
銃声を聞き反射的に口を噤むあきと、全て分かっていたかのような態度を示すダニエル、そしてドアに浮き出る文字。二人の選択肢は一つしかなかった。
「No SEX , No LIBERATION」
つまり、セックスしないと解放しませんよ、ということだ。クソッタレ…と声を漏らしたのはあきか、ダニエルか。

ベッドの上、離れた位置に座るのはカップルであるはずのダニエルとあき。空気は最悪だった。
なんとか空気を和ませようとしたあきがテレビをつけたせいで、あられもない姿の男女が激しくまぐわう映像が流れたのだ。この空気感は当然かもしれない。
「…おこ、ってる…?」
その表情を見てダニエルは「しまった」と思った。あきは、人の苛立ちに敏感だった。目線を下げ、苦しそうに尋ねるあきの頭を撫で、ダニエルは「すまん」と一言告げた。
「怒ってねえよ。いや、腹は立ってるが。…お前は悪くねえ。」
「そうだけど、…その、ダニエルくんはしたくない、でしょ?」
したくない?何を?
ダニエルはきっちりコンマ2秒静止した。脳の処理装置がピー、ガガッ、と変な音を立てたのがわかった。
「したくないわけねえよ、…惚れた相手だぞ。」
頭を撫でていた手をゆっくりと頬まで滑らせる。
「…お前は、まだ怖いだろ」
その一言にあきの身体が強張る。否定は出来ない。信頼していた相手に1番最悪の形で裏切られた傷が数ヶ月やそこらで治るなら、自分はこんな思いをしていない。
「だから、ンな状態の人間に無理矢理コトを運ばせようとするこの部屋を作った野郎に苛ついてる。」
ゆっくりと、あきがダニエルの手に触れる。何かを確かめるように、ゆっくりと。
ダニエルの手を包んだまま、泣き出しそうな声であきは言葉を吐き出す。
「…時間が、沢山、たくさん、かかるかもしれない。」
「……おう」
「もしかしたら途中で泣き出すかもしれないし、続きが出来なくなるかもしれない。…それに、…」
震える声であきは言葉を繋げた。
「…だにえるくんに、不快感を与えるかもしれない。こんな、きたない、」
「ッんなわけ、ねえだろうが…!」
あきの言葉を阻む様にダニエルが声を荒げる。それ以上、彼女の口からそのことを語らせたくなかった。
「ごめんね」と震える声で謝罪を吐き出す相手に滲む涙を拭う事しか出来ない自分が、やけに無力に思えた。

「…嫌になったらいつでも言えよ」
「…う、ん」
考えないようにすればするほど頭に巡るのは最悪の記憶ばかり。いっそブン殴って気絶している間に済ませて貰う手が頭に浮かんだほどだ。…けれど私は、たった一人の愛おしい彼と1番深い場所で繋がりたいのだ。
ギシ、とベッドのスプリングが音を立てる。
ダニエルは目を伏せるあきの手を持ち上げ、自身の頬に触れさせた。
「目、開けてろ。…ここにいるのは俺だけだ。」
不安の滲む表情を浮かべるあきに小さなリップ音と共に口付ける。触れ合うだけの口付けは性的なものとは言えず、それがあきを緩やかに安心させていった。口内に広がる煙草の苦味は脳裏に焼き付いたあの香りではなく、目の前の相手の、ダニエル・ロウたった一人の香り。
「ダニエルくん、好きだよ」
縋るように発されたその言葉にダニエルは小さく息を零して微笑んだ。
「…愛してる」
その瞬間だった。
爆発するような音と共に壁に真っ赤な柱が突き刺さった。
…いや、柱?
透き通るような赤。まるで十字架のーーーーー
あ。

気付いた時には壁が崩れ落ち、あきの所属する秘密結社・ライブラのボスやその副官が姿を現した。
音を聞いて咄嗟にあきを庇うような体勢をとったダニエルと、幸いにも服が少しも乱れていなかったあきは絶句していた。因みにボスと副官も同じである。
…ああ、遠くを眺めながら「真っ最中じゃなくてよかった」と思う事は現実逃避だろうか?