出られない部屋
『どちらかが泣かないと出られない部屋』
いつも通りHLPDへの届け物をした後昼食を取ると署を出たダニエルくんについて行っていたら、こんな部屋に閉じ込められた。
制限時間は80分。張り紙の隣に埋め込まれた電子タイマーが1秒1秒とカウントを減らしていっている。
聞いたことがある。というか、今回届けに行った書類の中身がHL内で頻発している「出られない部屋の出現」に関することだった。
解錠の条件はひとつ。そこに書いてある条件をクリアすることだけなのだ。
「でッ、でも、足を切り落とす、とかじゃなくて良かったね!」
2人きりのこの気まずい雰囲気を逃したくて、笑って相手の顔を見上げる。
ダニエルくんの顔は険しい。いくら私と2人きりで部屋に閉じ込められたと言ってもそんな顔する程のことかな!?そう叫んでやりたくなったほどに。
「……ダニエルくん?」
「……………小便」
「…は?」
「トイレ行く予定だったんだよ俺は……」
………ご愁傷です。
兎に角出るには泣かなければならない。正直今のダニエルくんは涙というより別の場所からの方が出やすいんじゃないかな。そんな冗談を言えば「うるせえ」とチョップを喰らわされた。
なら、泣かないと。普段なら泣こうとしなくても出てくる涙が、こういう時に限って乾いて出てこない。朝が早い時に限って眠れない夜の様だ。
私のことを見下ろして待つダニエルくんを見上げると恐る恐るに尋ねる。
「ダニエルくん、目ぇつぶってもらってもいい?」
「ア?なんでだ」
「……ダニエルくんのこと見てたら好き過ぎて泣けてくるから、多分」
「本当、お前は重症だな」
「へへ、そう?」
「褒めてねえよ」
そう言いつつも目を閉じるダニエルくんの顔を見つめる。怖い顔はしているけれど、それは表情の話で。瓜二つの弟、マーカスくんがあれほどモテるように、ダニエルくんも本来はとてもかっこいいのだ。
「手、触ってもいい?」
「…おう」
目を閉じる相手の手を下から掬い上げる。女にしては大きな筈の私の手よりも大きくて、厚くて、皮膚が硬い。この手で、彼は何度ひとを救ったんだろう。
__「ダニエルくん、ぎゅってしていい?」
断られる事を承知で言った我儘だったのに。次の瞬間、私はダニエルくんの香りに包まれていた。
いつもなら「なに言ってんだ」「帰れ帰れ」と雑に追い帰されて終わりなのに。いま私は、ダニエルくんの強い腕に包まれている。後頭部と背中に当てられた掌の感触が、その部分だけ燃えてるんじゃないかと思うくらいに熱い。胸元に擦り寄れば背中を摩られる。
___ああ、やっぱり好きだなあ。
カシャン。
鍵の開く音で、自分が泣いていることに気付いた。…この時間が終わらなければいいのに。数歩進めばそこにあるドアノブが、今は何より疎ましく思えた。未だ止まらない涙で視界が濁る。ダニエルくんの胸板を押して、身体を離した瞬間。
_私の後頭部に添えられた彼の右手がそれを阻んだ。
「あ、だッ、ダニエルくん…っ!?」
「あと2分」
理由もなにも説明されず、ただその一言だけを告げられる。あと2分?制限時間の80分まではまだまだ先だし、既に鍵は開いている。それよりダニエルくん、トイレは大丈夫なの?…そう、私達がこうやって抱き合う必要はもうない。ないのに。
…それでも。
彼に許されるなら、残りの2分間、この場所に身体を預けたいと思った。