惚れ薬
チョコレートは、かつて媚薬だったらしい。
冬季限定と書かれたチョコレートの封を開けて口に放り込む。口内で溶けていく感覚に、甘さと幸福以外の何かを感じることはない。
本日あきは異界産違法薬物の取り締まりに協力するためHLPDに訪れていたのだが、思ったよりも収穫は少なく、集められた書類を前に途方に暮れているところだった。
口内のチョコレートが溶け切ったのか、温かいココアを啜るあきを見てダニエルが信じられないとでも言いたげな表情を浮かべた。確かに、かなり甘いけど。
そんな顔をしなくてもいいじゃないかと口から出そうになった言葉をココアと共に飲み下す。
あきからしてみれば苦い顔をして苦い珈琲を飲む相手の気持ちの方がわからず、ダニエルの顔を見遣った。以前上司が遠回しにHLPDの珈琲は不味いと言い切っていたような気もする。…まあ彼の苦い顔は元からだが。
「警部補さん」
休憩中とはいえ仕事場で、二人きりではない状況の中いつもの呼称を使うのは気が引ける。彼の部下も尊敬する上司の甘い声など聞きたくはないだろうし、何より自分も聞かせたくはない。
「なんだ?」
つっけんどんな声にあきはつい笑ってしまいそうになった。別に笑うようなところではないのだが。ダニエルもあきも恋人という関係を隠しているわけではないが、仕事場において一番優先すべき事項については両者とも理解していた。
「あげる」
あきが個包装のチョコレートを投げるとそれは緩やかに弧を描いて、そのままダニエルの手に受け止められた。
「ないすきゃーっち」
「バカ、投げるんじゃねえ」
封を切られ、四角いチョコレートが彼の口に収まる様子を眺めながら、あきは再度ココアを口に流し込む。
―――少し冷えたはずのホットココアは、何故か先程よりも甘く感じた。