※ダニエル・ロウにタトゥーが入っています。(捏造)
人は多くの場合、本当の静寂を知らない。
鳥の声、風の流れる音、遥か遠くで鳴るクラクション。人の耳は有能なもので、不要な音のシャットアウトが常に無意識下で行われているのである。
逆も又、然り。
××
ベッドの軋む音と互いの呼吸音だけが際立つ。
無防備に曝け出された男の肌を指先でなぞる。胸板に刻まれた刺青は、まるで秘匿された罪跡の様で。
「いいな、」
無骨な手はまるでガラス細工を扱う様に優しく女の指を包む。普段の雑な扱いからは想像も出来ないようなその手付きこそが、彼の持つ愛情の証左であった。
「…こんなもん、痛えだけだぞ」
あきは知らない。いつ、どこで、何故ダニエルがその身体に針を当てたのかを。アメリカで生まれ育った彼にとって、身体に刺青を刻む事への罪の意識は無に近しい。大それた理由など、そこにはないのかもしれない。
然し、あきにとってはその理由よりも"自分の知らない彼がいる"という事実の方が重要であった。
「痛いから良いんじゃない?」
「…悪趣味な奴」
ダニエルもまた、彼女が何故それを欲するかを知らなかった。
幾度肌を交えたとて、溶け合う事はしない。言葉を交わさなければ、知ることすら出来ない。
どれほど互いを求めようとも、完全なる理解など不可能だ。
ダニエルの三三年と、あきの一九年。知り尽くすことの出来ない過去は、あきにとって枯れない泉に等しかった。
「あの、さ」
「……そのタトゥー、」
いつかその泉で溺れる事があろうとも。