ぱちり。夢から覚めるようにすっきりと目を開いたのは、緑の香りに囲まれた柔らかな布の上だった。
身体中に巻かれた包帯、つんと匂う薄荷のような消毒液。
枕元には身に付けていた筈の服がきちんと畳まれ、今は小綺麗な白い布切れを身に纏っているようだった。

「――?―、――」

獣は上手く回らない頭で必死に考えた。
ここは何処だ?何故治療されている?誰が着替えさせた?自分の他に悪魔の匂いがしない、ここは、ここは自分が望み続けた、人間と薬草と土の匂いがする。
声が、出せない。
ひゅうと空気の抜ける音に悪魔は眉を潜めた。
ひりひり痛む喉にまで巻かれた包帯に気が付いたのだ。あの炎のせいかと唇を噛む。

「おや、起きたのかい」

いつの間にか開かれていた部屋の襖の奥から、髪を高く結い上げた恰幅の良い女が姿を覗かせていた。
役割を果たさない喉の代わりにこくんと頷いてみせると女は笑った。

「声が出ないのは火傷の所為だね、すぐ治るだろ」

女は手に持っていた小さな箱を見せて悪魔の枕元に腰を下ろした。きつい薬草の匂いに思わず眉を顰める。

「ウチの娘が大泣きしながらあんたを引き摺って帰ってきたんだ」
「――」
「やれやれ、こんな面倒なもの拾ってきて……ウチは祓魔師御用達だってのに」

薬草臭い煙を吐き出す煙管を手にしてふっと息をついた女は、悪魔の腕の包帯を解いて、先ほどより薄くなった傷を見て笑む。
何が可笑しい、と言わんばかりに膨れ上がった獣の殺気。その、悪魔と言うよりは拾われた捨て猫のような様子を見て、女は豪快に噴き出した。

「……ぷっ。ふ、ふふはっ!!」
「――!?」
「あは!あはははっ!なんだい、それ!!」

清潔な白に紛れた青い目がぎょろっと開かれる。

「馬鹿だねぇ!言いやしないよ、助けた命に人間も悪魔も関係無いんだからさ!」
「……」
「包帯。替えるから腕出しなさい。んふ、ほんと、ふふ、ふっ、可愛い子だこと!」

礼を言いたくも、喉からは声になり損ねたものが抜けて無意味な音を出すだけ。
上手く動かない身体を捩って、女の手に身を委ねた。

「悪魔は治りが早くて良いね、使う薬草が少なくて済むんだ」
「……」

こくこくと頷き、解かれていく包帯を目で追う。
貼り付けられていた薬草を拭うと先程の傷はすでにぴったりと塞がっていたらしく、ほらねと女が笑った。

「よいしょ、と。もうそろそろ娘も帰ってくる筈なんだけどねえ」
「――?」
「ん?ああ、娘は今学校に行っていて」
「お母さん!お母さん何処おおおお!!あの人っ、あの青い人は大丈夫!?お母さあああん!!」
「!?ああもう、煩いったらありゃしない……しえみ!怪我人がいるんだから静かにしな!!」

替えの包帯を放り出してばたばたと襖の向こうへと消えていった女に獣は思った。
どちらも煩いことには変わりない、と。
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