まごのて 1


「最近、肌が乾燥して大変なのよね」

朝の朝っぱらから何を言い出すのか。ブルマはいつも唐突で、しかも返事に困るような事を言い出すのでベジータは時々こうして眉を顰める事があった。
肌が乾燥して大変?見たところ別に普段通りだと思うが…いつものアレだろうか?
化粧ののりが悪くなったとか小皺が増えてきたとか、女特有の悩みとやら。
もしそうなのだとしたら非常に厄介である。下手に相手をするといつの間にか口論に発展し、一週間は妻と別々の寝室を使う羽目になる。精神的にも肉体的にも不都合を強いられるのだ。そんなのは御免だ。
ベジータは無視を決め込んだ。相手をしなければそのうち他のことに気を取られ、この話題は何処とも無く消え去るだろう。
幸い、今は食事中だ。食べるのに必死だと思わせておけばいい。
ベジータのこの目論見は大当たりだった。
彼の予想通り、その後やっと起きてきたトランクスに気を取られたブルマは息子の世話に夢中になり、朝食を終えたベジータが席を立った事にも気付かなかった。
ちょっと寂しい…なんて事はない。決して。彼はそう自分に言い聞かせた。

一日というのはあっという間だ。午後のトレーニングを終えシャワーを浴びたベジータはブリーフ博士特製のスポーツドリンクを片手にリビングへと向かっていた。
この時間ならばブルマとトランクスはもうそこに居るだろう。
特に何をするというわけでもないが親子三人が一緒にいるその時間はベジータにとって嫌なものではなかった。
最近トランクスは新しいゲームを手に入れたと言っていた。
おそらく今頃はテレビにその画面が映し出され、画面の前にはトランクス、トランクスの隣にはブルマが座り、彼女がああだこうだと口出しし、それを鬱陶しく感じた息子とやいのやいのと言い合ってるのではないだろうか?
ベジータがそこに現れれば、きっと彼の息子は助けを求める為に彼にすがり付いて来るだろう。
鬱陶しくも決して憎めない光景に思いを馳せ、彼は笑みを浮かべた。
こんな事を思う日が来るとは何と自分は穏やかになってしまったのだろう?
けれどそんな自分も悪くないと思っているのだから不思議だ。

「ああ…んっ気持ちいいわ…」

その声にベジータの思考は停止した。同時に動かしていた身体も固まる。
彼は既に廊下とリビングを隔てるドアの前まで来ていた。
今、部屋の中からその場には相応しくないだろうブルマの声が聞こえなかっただろうか?
何故、という思いが彼の全身を駆け巡る。中で何が起きているというのだ?
「トランクス、もっと左よ。そう、そこ…いいわっああ…っ」
「!?」
トランクス…トランクスだと…?!あいつは一体、息子と何をしているんだ!?
ベジータは額に滲み出る汗を拭った。
「ねえ、ママ。もういい?もうすぐパパが来ると思うんだよね。オレ、パパにこんなところ見られるの嫌だよ。きっと怒ると思うんだよね。」
「まだ駄目よぉ〜もう少し続けてくれないと…どうしてアイツが怒るのよ。怒んないわよ」
「怒るよ!だってオレ男の子だもん」
「大丈夫だって!ほら続けて…そう、そうよ…ああっあああ…」
「本当に大丈夫かな…ママの服の中に手突っ込んでるのに…。」
「気にっ…し過ぎよ。はぁ…ママが保証するわ…絶対、だいっじょ…ぶ……ああっん」
パパが怒るかもしれない?服の中に手を突っ込む?
ベジータは目の前が真っ赤になるのほどの怒りを感じた。
これ程の怒りを感じたのはカカロットと始めて戦った時以来かもしれない。
まさか、自分の妻が我が子を相手に不貞を働こうとは夢にも思わなかった。
会話から察するにトランクスの方はあまり乗り気ではないらしい。
それはそうだろう。女のおの字も知らないようなガキが、実の母親相手に色気付いていたら、それこそ地獄というものだ。
それにあのブルマの気性を思えばトランクスが母親に逆らえないのも無理はない。
要するに、今責められるのはブルマであり、これは一歩間違えば我が子に対する性的虐待ではないのか?
そして今、トランクスを救い出せるのは父親であるこのベジータ様しか居ないのだとベジータは意気込んだ。
手の中でぐしゃりと潰された缶からスポーツドリンクが飛び散った。

「ブルマァァアァア!!キサマアアアア!!!」
ベジータは勢い良くドアを開けて部屋に飛び込んだ。
「トランクスに何をさせ…て…るん……だ。???」
ドアを開けたそこにあったのは背もたれの方に向かってソファーに正座するように座っているブルマと彼女の後ろからトップスの中に手を入れて何やらごそごそしているトランクスの姿だった。
虐待の現場にしては何かがおかしいような気がするのは気の所為であろうか…。
「げぇっパパ!!」
トランクスはベジータが急に現れたことに相当焦っているのかブルマの服の中からすぐに手を抜き出し、その場で気をつけの姿勢をとり、そのまま固まった。顔が真っ青である。
対してブルマの方は呑気なもので、あら?とゆっくりと振り返った。
「おかしいわね…何で怒ってるのかしら、この人」
意味がわからないという様に首を傾げる妻をひと睨みし、もう一度質問を繰り返した。
「こいつに何をさせていたと聞いたんだ」
「?何って背中が痒くなったから掻いて貰ってたんだけど?」
「………………。」
どうやら勘違いをしていたようだ。とんだ失態だ。穴があったら入りたい。
しかし、ブルマもブルマだと思う。紛らわしい声を出しやがって…!!
あれをすぐ近くのトランクスに聞かせてたのかと思うとまた怒りが湧いてきた。
「下品な真似しやがって…!」
「はあ?何言ってるのよ!別にいいじゃない、背中掻いて貰うくらい」
そういう事では無いのだが…もう説明する気も失せた。そんなに掻いて貰いたければ存分に掻いて貰うがいい!
俺はもう知らん。
「トランクスに掻かせるのが嫌ならベジータが掻いてよ」
「は?」
「背中!まだちょっと痒いの」
こっちに来てというブルマを無視して台所に向かうことにした。潰したドリンクの代わりを入手する為だ。
背中を掻け?冗談じゃない!息子の前でそんなみっともない事が出来るか!!
「もう!アレも嫌コレも嫌で世の中やってけないのよ!」
ベジータは逆に、妻の背中を掻くだけでやってける世の中というものがあるのなら、それを今すぐ見せてみろと言いそうになった。が止めた。
言い争う気はない。掻く気もない。
さっさと飯を食って特別トレーニングをしに、また重力室に籠りたいくらいだ。
ブルマの母親は何処だろうか?ふとキッチン近くにあるスケジュールボードの文字が目に入った。

『夫婦水入らずで温泉に行ってきま〜す(ハート)』

夫妻の予定の所にはそれしか書かれていなかった。ということは一週間は戻らない。
ベジータはまたドリンクの缶を潰しそうになったーー…。



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