まごのて 2


あれから数日が経過した。あれ以来、ブルマがトランクスに背中を掻かせている姿は見ていない。
きっと痒みが治まったのだろう。ベジータは自分が掻かされる事が無くて良かったと思っていた。
それにしても全くつまらんことで神経をすり減らされた。とんでもない女だ。と、自分が勝手に勘違いをした事は棚に上げて、自分の中だけでーー言うとまた余計な諍いが起こるのでーーブルマを悪者に仕立て上げたベジータはこの数日間を平和に過ごしていた。

ところがその平和を再び脅かす出来事がまた勃発した。

ピンポーン
どうやら誰かがこのカプセルコーポレーションを訪れたらしい。
どうせ何かのセールスかブルマが買った商品が届いたとか、そんな類のものだろう。
ベジータは無視することにした。どうせ対応したところでこの地球の人間たちは別に脅してもいないのに勝手にベジータを怖がって勝手に逃げて行くのだから時間の無駄というものだ。
放っておけば数あるロボットの内の1体が勝手に対応するだろう。それで充分だ。
リビングで本を読んでいたベジータはそのまま読書を続けた。
暫くしてそこに何やら小包を抱えたロボットが現れた。
「ベジータ、サマ、ニ、オトドケモノ、デス。ココニ、オイテ、オキマス」
一方的に喋り、物をコーヒーテーブルの上に置いたロボットはウイーンウイーンと機械音を鳴らしながら部屋を出て行った。
お届けもの?誰がこんな貢物を……今日は父の日とやらだっただろうか?
ベジータはすぐに部屋に掛けられていたカレンダーに目をやった。特にイベントらしき文字は書かれていない。
どういうことだ?と首を傾げた。
年間を通して時折、イベントに合わせて贈り物が届くことはある。
しかしその殆どは家族からで、しかもこうして誰かに届けさせるのは持ち運びが大変な物に限られていた。
今、目の前に置かれている箱は別に然程大きくも無く、非力なブルマやブルマの両親でも余裕で持ち運び可能だろう。
まさか箱の大きさに似合わず重量があるのだろうか?
ベジータは箱を持ち上げてみた。軽い。実に軽い。本当に中身が入っているのだろうかと思うぐらい軽かった。
そこでふと思い当たった。きっと通信販売で俺様に似合う何かを見つけてブルマが注文したのかもしれない。
そうかそうか、金持ちのブルマだって自分の物をお手軽な通信販売で購入する事もあるのだ。夫のものを買ってても不思議ではないな。そうかそうか。
ベジータは自分が導き出した答えに満足し、手に持っていた箱を開封しようとガムテープの端を探った。
「ん?」
すぐに表面に貼られていた送り状が目についた。
……。
これを見れば良かったのでは…?
あんなにああだこうだと頭を悩ませていた貴様は阿呆か?
ベジータの中にある悪ベジータがむくっと起き上がったようだった。
…………。
忘れよう。今のことは。誰にも言わなければプライドも傷付かない。
そうさ!それでいい!
………………。
「…チッ」
全くもって馬鹿らしくなってきた。
ベジータは考えることを放棄し、送り状に書かれてあった差出人を確認した。

孫 悟 空

「…………………………。」

嫌な三文字が目に入った。いや、きっと気の所為だろう。
あの男が人に物を贈るなんて、そんな習慣があるわけがない。
奴が結婚した時など、『えんげぇずりんぐ?何だそれ?うめぇんか?』などと自分の妻のに尋ねたという話は仲間内で有名らしく少し前に自分も聞いたことがあった。
全く、一般常識の基本すら熟知していないとはサイヤ人の恥にも程がある。
自分など奴の半分も地球で過ごしていないというのに。
俺様などエンゲージリングのことぐらいブルマと初めてベッドを共にした時には既に知っていたぞ。
…何故、知ってたのかは忘れたが。
ふん、ヤの付く馬鹿野郎がブルマに贈ろうとしてたことなど忘れたとも!
まあ、なんにしろ届いた物は開けたくなるのが人間の性というもの。
悟空が寄越したのなら爆発物の危険もないだろう。
それに万が一、爆発物だったとしても奴如きが仕掛けた罠で自分が死ぬとも思えない。
けれど実際に爆発物で死にそうなブルマや彼女の両親がいない間に開けてしまうのがベストだと思った。
ベジータはごそごそと丁寧に包みを剥がしていった。
「…………。何だこれは?」
入っていたのは何の変哲もない先の曲がった棒。
食べ物でも無ければ衣類でも装飾品でもない。ただの棒。棒である。
奴がわざわざこれを贈ってきた意味が分からない。一体どうしろというのか?
「殴る?」
ブンブンと振り回してみた。
「物を引き寄せる」
テーブルの上にあったコップの淵に引っ掛けて引き寄せてみた。力の入れ過ぎでコップは倒れ中身がこぼれた。
「ふざけるなよ…」
ティッシュを取り出してテーブルを拭く。後は…
「やはり殴る」
またブンブンと振り回した。
やはりこれは武器なのだろう。何しろあの戦闘馬鹿が送ってきた物だ。それぐらいしか思い付かない。
しかしいくら武器といえども糞の役にも立たなさそうだ。
これは俺へのあてつけか?いつまで経っても奴を超えられない俺へのあてつけなのか!?
ベジータは無性に腹が立ってきた。ふざけやがって!!
こんなもの始末してやる!!そう思って届いた箱ごと焼いてやろうと棒を箱の中に戻そうとした時だった。
箱の中に手紙が入っているのに気付いた。あいつでもこんなものを書くんだな。少し感心した。
早速それを開いて読んでみる。


『 ベジータさへ
ブルマさに頼まれてた孫の手を村で見つけたので送りますだ。
最近、都では女を対象にした物騒な事件が多いと聞いたので
差出人を悟空さ、受取人をベジータさにしただ。
ブルマさに渡してくんろう。お願いしますだ。
この孫の手は良い木材を使用しているので使いやすく、しかも長持ちするだ。
きっとブルマさも満足してくれるはずだ。
またトランクスくんを連れて遊びに来るだ。悟天も喜こぶだ。
チチより 』


「………。」
どうやらこれはチチからブルマへの贈り物だったらしい。ふん、紛らわしいことしやがって。
まあ、チチには普段から妻と息子が世話になっているので許してやるとして…
気になるのはこの武器を何故ブルマが欲しがったのかということ。
そういえばチチからの手紙では最近物騒な事件が多発しているという。護身用だろうか?
いやいやまさか。いくら良い木材で出来ているとはいえ所詮はただの棒切れ。
こんなので返り討ちに出来るような雑魚ならもう既に警察とやらが捕まえているだろう。やはり護身用としては不十分だ。
「ソンノテ…」
それにしても何故か無性に腹が立つ名の武器だ。今すぐばきばきに砕いてやりたい。
しかしこれはブルマのもの。余程の事がない限り勝手に壊していいはずがない。
まあいい。本人が帰宅すればその理由も判明するだろう。考えるのは止めだ。


その日の夜遅く、ベジータは例の孫の手が夫婦の寝室に持ち込まれているのを発見した。
荷物はあのままリビングに置いていたからブルマが勝手に見つけたのだろう。
そういえば、あの後、学校から帰ったトランクスを鍛えるのに重力室に篭っていて、すっかりコレのことをブルマに尋ねるのを忘れていた。
今、ブルマは入浴中だ。出てきたら尋ねてみるか…と孫の手を手にとった。
やっぱり駄目だ。こんなものは役に立たない。なぜもっとマシな武器にしなかったのか問い詰めなければ。
ベジータからすれば銃やナイフもそれほど役に立つとは思えないが、こんな棒よりかは幾分マシだろう。
そっちにすれば良かったものを……。
妻の物選びのセンスに疑問を抱いたベジータだった。

風呂から上がったブルマは先に寝ていると思っていた夫が未だ寝ておらず、部屋に備え付けられている一人掛けのソファーに腰を下ろし、何やら考え込んでいるのを見て首を傾げた。
「難しい顔なんかしちゃって、どうしたの?」
「これだ」
持っている物を揺らしながら渋い顔をする夫に更に首を傾げる。
あれって孫の手じゃない。それがどうしたというのだろう。
「どういうこと?」
「何故こんな役にも立たん武器が必要なんだ?」
「……はい?」
武器?何処をどう見たら武器にみえるのだろう?一瞬、ブルマはベジータが冗談を言ってるのかと思った。
でも彼の表情を見る限りそうではないらしい。
「あらやだ。修行のしすぎで視力に影響が出たのかしら?」
本気で心配になった。だっていくらなんでも…ねえ?
だが、ベジータはその答えが気に入らなかったのかガタンッと勢いよく立ち上がるとツカツカと足音を立てながらちょっと怖い顔で近づいて来た。
「ちょっと…」
「俺は真剣に話をしているんだ。ふざけるのはよせ」
ふざけてるのはそっちでしょ?!と言いたかったが本当に真剣に話してるようなので止めた。
唯でさえ一日の疲れが溜まってしんどい時にこれ以上疲れる事はしたくない。
要するに彼の言葉から察するに孫の手を知らないんだと思う。
だったら説明すればいいだけ。
「それは孫の手。背中を掻く道具。武器じゃないの。」
だいたいすぐ傍に働きもせず修行ばかりしている強い人間がいるのに、今更武器なんか買う必要はないでしょ。
ベジータのプライドに傷が付いたら可哀想だから言わないけれどブルマはそう思っていた。
「マゴノテ…?背中を掻く…だと?」
「そうよ。ちょっと貸してみて」
ベジータから孫の手を受け取ると、こうするのよと実際にやって見せた。
うん。やっぱりチチさんの言う通り。これは使い易くて気持ちいい。大満足だ。
ブルマはそのまま手に持った孫の手に夢中になった。

一方、ベジータは孫の手を使って気持ち良さそうに背中を掻いているブルマを呆然とした気持ちで見ていた。
てっきり武器かと思っていた物が妻を気持ちよくさせる為の道具だったとは…。
馬鹿らしい気持ち半分、苛立ちが半分だ。
何故苛立つのかと言えば、そもそもあのふざけた棒の名前が気に食わない。
孫の手だぞ、孫の手!
孫といえばソン!ソンの手!カカロットの手!
そんなことを思っていたらブルマがまたあのイヤラシイ声を上げた。
これ以上、あの棒で気持ちよくなるブルマなど見たくはなかった。

「ちょ、ちょっと!何すんのよ!?」
良いところだったのにと抗議するブルマなどお構い無しに孫の手を取り上げたベジータは、それをバキバキと音を立てて折ってしまった。
そう、この女を気持ちよくさせるのは自分だけで充分なのだ。
何が孫の手だ!カカロットと同じ名前なんぞしやがって!絶対に許さん!
ブルマが知れば大笑いしそうなズレまくった嫉妬心にベジータは自分でも歯止めが効かなくなった。
「ね、ねえ…?どうしたのよ。アンタちょっと変よ?」
「うるさい!黙れ!」
ベッドに押し倒されたブルマは唯ならぬ夫の姿に戸惑った。そんなにこの孫の手が気に入らなかったのだろうか?
でも、元はと言えばこれを入手したのはベジータに気を使っての事だ。
夫や息子に頼むことも出来ず、けど自分でも手が届かない。そんな場所が痒くなってしまうのだから仕方がないでしょと思う。
そんなに嫌がるのなら、せめてトランクスに掻いて貰うことぐらい許してくれたらいいのに。
次からどうすればいいんだろう…。他に策は浮かばなかった。
「まだ痒いのか?」
自分の顔を覗き込んでいうベジータにブルマは首を振った。
何かそれどころじゃない気がする。本当に今日の夫は変だ。
「掻いてやってもいいんだぞ?」
「え…。」
凄い急展開だ。あれほど嫌がっていたのに。もう何が何だかわからなかった。でも…。
「じゃあ…お願い。」
彼に顔を近付けて答えた。
それが合図となったのか、気付けば二人の唇が重なり合っていたーーー…


「で、結局、何だったの?」
存分に妻を気持ちよくさせてやったと満足していたベジータは少し不機嫌に尋ねるブルマと向かい合わせにベッドに横になっていた。
さんざん喜んだ後にこれか?やはりこの女は自分勝手だと思う。
まあそんな女に惚れた自分も十分愚かだが…。
「別に…。抱きたくなったから抱いただけだ」
「…。違うでしょ?」
「……。」
本当にめんどくさい女だ。一体、何を言わせたいのだ?つまらん嫉妬の事か?
絶対に言わんがな!
ベジータはそのまま布団の中に潜り込んだ。
「もう!今日のあんたって全然意味わかんない!」
けれど彼の体にすり寄ってくる体をベジータは仕方ないと抱きしめた。

孫の手…か…
次、ブルマが手に入れた時は俺の手と呼ばせよう。
それで許してやることにする。


おわり



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