スモーカー
お父さんと一緒に来た街への買い出しで、あっという間にはぐれてしまった。
寂しさからどうにも出来ずに道端で立ちすくでいると、ふと私に差し掛かる高い影。見上げた先にはうんと背の高い、葉巻をくわえた海兵さんがいた。驚いて声も出せずに立ち続ける私を見つめて、彼はそっとしゃがんでくれる。
「迷子か」
凪いだ海のように静かな瞳がジッとわたしを見つめて、頷いたら頭を撫でられる。流れるように抱き上げられて、道の向こうでわたしを探すお父さんを見つけることができた。
だからね、お父さん。海兵さんはちっとも怖くなんてなくて、とても優しかったの。だから私、寂しさなんて吹き飛んでしまったのよ。
お礼の手紙を書きたいから、雑貨屋さんに行きたいな。そうしたら私、可愛い便箋と封筒にありったけの感謝をつめて送るんだわ。
薬研藤四郎
「私って地獄に落ちるじゃない?でも寂しいから薬研ついてきてよ」
ある日の執務中に、審神者はふと薬研に言葉を投げる。死出の旅路の伴を懇願されたにも関わらず、薬研はカラカラと笑っている。
「いいぜ、地獄見物も一人じゃ味気なかろうしな」
うんうん頷いて、快諾してくれる私のかたな。ああ、その横顔が好き。行為で固めたわかりきったエゴに、それでも付いてきてくれる私のかたな。
「俺で腹切ろうとしないんなら、どこだって伴するさ」
嬉しくって嬉しくって仕方がないので、地獄の旅路の予定を今から立てておく。血の池地獄でゆで卵とか作れるかな。
秋田藤四郎
人生が終わる瞬間はあっけないものだ。
審神者として指揮を振るい幾数十年。弟子に本丸を譲り、あとは隠居するばかりのこの身にもようやっと終わりがきた。ひゅうひゅうと鳴る喉が、少しずつけれど確かに止まる。
その瞬間に、にっこり笑った秋田が私をのぞき込んでいることに気が付いた。驚く私をよそに、彼は優しく手を差し伸べてくれる。
隣町のお寺では猫さんが子供を生みました。公園では紫陽花が咲いてますよ。最近は暑いですから帽子と水筒を持っていきましょうね。
ひとつひとつゆっくり話してくれる秋田と、私は布団から起き上がって手を繋ぐ。すっかり軽くなったからだにも気づかず、ふたりはどこまでも歩き続けて。私たちは果てのない散歩に出たのだ。
木吉鉄平
※死ネタ
あの子が生まれるちょうど1週間前に、あの人は突然帰らぬ人となってしまった。偶然その場に居合わせただけの子供をかばって、なんて。最期までもあの人らしいとみんな口にしていたのは今でも納得がいく。
「随分と鉄平に似てきたよねえ」
おばあちゃんがポツリと呟いた言葉に、庭で駆け回る息子を眺める。あの子が大きくなるたびに、わたしが失った人の面影が滲むのだ。大きな掌、笑うと幼い目じり、優しい声。
「この子はどんな子に育つかな?」
「鉄平に似たら大きい子になるよ」
「うーん、どうだろうなあ」
私の膨れた腹に耳を寄せて、愛おしげに語りかけていたあの日の事を覚えている。きっと私たち、これからどこまでも一緒なのだと。無邪気に信じていた過去の中で二人が笑う。
淡い夢から覚めると、蝉がなく声と日差しばかりが私の上に照りつける。まだあの人のことは、克明に思い出せた。
アーサー
私たちは孤児院で育った。『騎士になる』なんて言い残して、アーサーとモルドレッドは出ていってしまったけれど。きっと直ぐに帰ってくるに違いないんだわ。夢やぶれて帰ってくることがあっても迎えてあげなきゃ。だって私たちは家族なんだもの。
なんて無自覚な驕りには、正しく天罰が与えられるのだと思い知った。久しぶりの帰郷を果たしたアーサーは、背丈も体つきも私の記憶の中とはまったく違う。都での見知らぬ出来事を楽しそうに話す姿に、目がくらむほどに頭が痛くなる。これは誰なの。ねえアーサー、強がりで痩せっぽちで勇敢だったアーサー。私のアーサー。
そうして私は思い至りました。あ、あの日のアーサーはもう帰ってこないんだと。私たちはもう、あの日の続きから初めていくことなんて出来やしないんだと。愚かな私は、そのときになってようやく気がついたのです。
マレウス・ドラコニア
マレウスとふたり街中を歩いているときに、ふと通りがかる親子連れが居た。ふくふくと愛らしい赤子は未だ乳母車のなか、安らかに寝息を立てている。
「赤ちゃんかわいいね」
「連れてきてやろうか」
その言葉にギョッとして、すぐに思い至る。チェンジリング、いわゆる取り換え子の文化。この神秘が色濃く根付く世界には、未だその慣習が消えていないのかもしれない。目の前にいる彼は次代の妖精たちの君主であるのだから、猶更だ。
「可愛いと思っただけだから大丈夫」
「そうか?」
どこか理解しきれていない様子ではあるが、悪気があってのことではないのだろう。図書室にでも異文化交流のためのガイドラインがないかしら……と思いを馳せたことは、口が裂けても言えそうにない。
リドル・ローズハート
ふと目覚めると、病院のベッドの上であった。あくる朝に突如姿を消した娘が、1年後にいきなり見つかったと両親は涙ながらに聞かせてくれたが。その1年間何をしていたかは、すっかりと抜けおちた記憶のせいで答えられなかった。
そんな出来事から早数年。この春からは大学生になり、キャンパスのほど近くで1人暮らしを始めた。期待と不安の混じる新生活の折に、見覚えのない名から手紙が届いた。
どうも前の住人はペンフレンドを募集していたらしい。送り主は17歳の少年で、自己紹介と文通への期待が流暢な字で綴られていた。こんな丁寧な手紙を無視するのもむず痒く、前の住人は退去してしまった旨を返送したのだ。
するとこれまた丁寧な返事の手紙が届き、流麗な字で謝罪と提案が記されていた。宛先違いの手紙に返送をさせて申し訳なく思っていること、良ければこのままペンフレンドになってほしいこと。
すぐに終わると思われた文通は未だに続いていて、今日も郵便受けには新しい手紙が刺さっている。
送り主の名前はリドル・ローズハート。顔も知らない手紙越しの友人。
鶴丸国永
それを認識したのはいつだったか。街中で美しい男を見かけることに気が付いた。白い色彩もあでやかなその横顔が忘れられず、彼を追いかけるようになったのだ。
幾日も幾日も彼を探し続けた。そうしてとうとう、彼の腕を掴んだ。その瞬間に、己の身体がビルの屋上から投げ出されていることに気が付いた。
フェンス越しには、あの美しい男がこちらを笑って見下ろしているのが見えた。陽に透けるまつ毛は白く、この世のものではないように思える。
ああ、終わりにこんな美しいものが見られるとは。なんと幸せなことだろう。
不二裕太
不二くんの隠しきれない品の良さの話?そうだね、この前の話なんだけど。不二くんが消しゴムを忘れたのを見かねて、予備の消しゴムを私があげたんだ。そうしたら翌日に、購買の袋に入ったままの新品の消しゴムを返されたの。
「昨日はありがとな!」
なーんてキラキラで眩しい笑顔で。使いさしの消しゴムだから気にしなくても良かったのに……ってきちんと言ったんだよ。申し訳なかったもん。けど不二くんったらさ。
「だって使ってたもん分けてもらったのに、返さないのも悪いだろ?」
そうやって屈託なく笑われちゃって。後で知ったんだけど、不二くんって三人兄弟の末っ子なんだって。年の離れたお姉さんと、一つ上のお兄さんと。品の良いご家庭の末っ子な不二裕太くんかあって、なんかしみじみしちゃった。
風早巽
この憎悪と怨嗟の渦巻く学び舎において、光り輝く救いこそが巽という少年だった。彼はひとつも悪くないというのに、風早巽に狂わされて恋に落ちて。すべてを投げうつ人類がこの世にはあんまりにも多い。
きっと彼を恨んで刺しに来る者が本当にいたとしても、風早巽はその人を憎まない。そればかりか有りもしない己の不徳を顧みて、己が進むために灯した篝火の薪にしてしまうのだろう。
もしも彼を傷つける者がいたって、風早巽は揺るがない。むしろ加害者の方が、彼の人生に刺し跡を残したという事実だけを抱えて、暗い壁の中でうずくまるしかないんだ。
過ぎた優しさとは時に残酷だ。ああそれでも、それでも、それでも。風早巽は、まさしく俺たちのアイドルであったのだ。