シャイロック・ベネット
もしもシャイロック・ベネットと会話を交わせたとして、胸を高鳴らせない者はそういないのだろう。きっと誰もが恋を知ったばかりの幼い心で、彼と話すことになるのだ。
色気と優美に満ちた彼の全てから紡がれる言葉は、どんなものだって喜びをもって迎えられる。
「否定の言葉を吐くのは容易いが、肯定の言葉を吐くには知識がいるのさ」
「教養がある者の周囲には、その人と会話することで己を教養深く見せたい者に溢れているそうだね」
世界の全てを暴きたがる世紀の知恵者は、かつて私に向かって気まぐれな言葉を寄越した。ああこれだから魔法使いと会話するのは勇気がいるのだ。彼らが知識深く聡明な魔法使いだと、見ているだけで分かってしまうから。
きっと今夜もシャイロックは、そうと気づかせぬまま客を気持ちよく酔わせる。愚かな大衆のひとりだと分かって尚、焦がれる気持ちが止められない。燃えさかる火に焼べられる虫とは、今このとき私の形を指すことだろう。
秋田藤四郎
秋田藤四郎は永遠の少年。お空に焦がれるあまり色を写し取ってしまった丸い瞳と、春に咲き乱れる花のような色彩。私達の思い出の中で手を振ってくれる神様です。
一緒に歩いているときは道端に生えた草花や、冬の澄んだ空気のにおいに気づけたり。世界の美しさをそっと優しい声で教えてくれるので、私はこの少年が大好きなのです。
千歳千里
同じクラスで隣の席。すごく仲が良い訳ではないけれど、話をする程度には交流があったクラスメイトの千歳くん。
千歳くんは毎日教室にいるわけでは無いので、中庭や渡り廊下など色んなところで会うたびに、買いすぎて余らせたおやつをあげるんです。
もちろん毎日おやつが余る訳ないので、以前あげたときに「好きな味」と千歳くんが喜んでいた駄菓子を私が買っているだけなんですが。
卒業式の数日前に告白をして、それきり千歳君は淡い思い出になりました。
どうか私の事なんて忘れてね、ずっと幸せでいてね。そう言った私を見つめた千歳くんの顔を、いつか忘れられる日が来るのでしょうか。
山鳥毛+南泉一文字
昔住んでいた家の近所には、不思議な屋敷があった。幾人もの男の人がすんでいて、庭に面した道場からは稽古の声ばかりが聞こえてくる。
その中でも、会うといっつも構ってくれる青年がいた。どら猫、子猫と呼ばれているから私が呼ぶ名前も猫のお兄ちゃん。そして猫のお兄ちゃんが、お頭と呼ぶ大きな背丈の男性がいた。この人はたまに笑って御菓子をくれたのだ。
「夕飯が入らなくなっては親御さんに悪いからな」
猫のお兄ちゃんが、お頭のお兄さんの前では縮こまってるのが面白くって。小さな私は、お頭のお兄さんのお膝の上に乗っかるのが大好きだった。
「子猫もついこの間まで、このぐらいだった」
笑って頭をなでてくれた手のひらは大きくて厚くて、ふと思い出しては懐かしむ類の記憶。大きな手のひらに似つかわしくない、小さな飴玉をくれた思い出の中の人。
にっかり青江
息子が交通事故で亡くなってしまった日に、審神者は狂ってしまった。背丈の似ていたにっかり青江を自分の息子と誤認するようになってしまったのだ。審神者は毎朝息子の墓に花を供えるくせに、目が合うと青江を「私の息子」と呼んだ。
そんな日々は本丸の襲撃があったのを機に、ぱったりと終わってしまった。審神者は遡行軍の刃から青江をかばって命を落としたのだ。
最後の最後であの人は、自分の愛しい刀の頬を拭ってこう言ったんだ。
「私の刀、私の青江」
政府預かりのにっかり青江が、政府のロビーで世間話にとこちらに教えてくれた。どこかの本丸の愚かで優しい刀と審神者の話。
ラスティカ・フェルチ
祭りの日にたった一晩だけ言葉を交しただけの、あの素敵な人はきっと魔法使い。
でなければなぜ私は、あの人の姿絵を数十年経った今も手放せないのか。隣町の背が高い彼に求婚されて、優しい嫁ぎ先の家族と暮らして。子を成してその子が嫁ぎ、今では孫までもが生まれて毎日本当に幸せで。
それでもあの夜の、透き通るような亜麻色の髪を忘れることはできない。思い出の中の声は甘やかで、あの笑みだけが宝石のように私の心に巣食っている。
手塚国光
体育のあとの現国なんて、皆眠くてしょうが無い。うつらうつらと舟をこぐ同級生の中、朗読に指名された手塚くん。
眠くて今にも閉じそうだった瞼が、手塚くんの声を聞いた途端にぱっちり覚めた。男の子らしい低い声と、しゃんと伸びた背筋。
中学生の頃の思い出って得てして朧気なものだけれど。あの夏の日の教室を、今でも時折思い出す事がある。
今剣
幼いころ訪れた神社での夏祭りで、親とはぐれた私をあやしてくれた少年。私が泣き止むまでずっと手を握っていてくれて、いろんなことを教えてくれた。やっと両親が見つかって、このお兄ちゃんのおかげだよとお礼を言おうとしても、もうどこにも姿は見えない。
結婚を機に里帰りした神社で、こんなことがあったと恋人に話す私の後ろから懐かしいあの声が聞こえる。
「あのときのわらべが、おおきくなりましたねえ」
振り返ってみても誰の姿も見えない。心配そうに見てくる恋人に何でもないと返して、境内を後にした。もう迷子になっても泣かないよ。
千歳千里
掛け値なしに貴方の1番になれるとは到底思っていないわ。
「どこかの順位で私を4番ぐらいにしてくれたらそれでいいのよ」
そんな私の言葉には何にも言葉を返してくれなくて、困ったようにへニャリと笑う。私はあなたに恋をしているけど、あなたは私の方なんて見なくていいの。
思い出は私があげた飴玉に付属させてくれれば、それで満足なんだから。