日和見る夕焼け

再会したのは中学生の入学式。目があった瞬間に、彼が『覚えていない』ことに気がついてしまった。あんなにも陽を受けてキラキラと光る金を、どこまでも透き通るような青を見間違える筈もない。あの頃よりは少し幼いけれど、紛れもなくプロシュートだった。

 自分が持ち合わせる暗殺者としての前世なんて、真面目に話せば失笑ものの記憶に確信を得たのもその時。秘めたまま終わった胸を焦がす思いが、息を吹き返したのもその時だ。

 生憎と席が前後だったから訝しがられずには済んだし、徐々に仲良くなるにも不便は無かった。なんせ記憶がないだけで、以前の彼と思考も口調も性格も、何一つ変わっていなかったから。

 中学、高校、大学と進むにつれてあの頃の仲間たちが集まってきた。私の他に誰も覚えていなかったのは少し寂しいけれど、それでもまた皆で集まれるのは楽しかった。
 そうして、大学2年の春。私がプロシュートに対して抱えた思いは、告げられないままに季節の節目を迎えていた。

「ってことでさあ、モダモダしてる間にもうすぐ成人みたいなところまで来ちゃった!どう思う、ジョルノ・ジョバァーナ?」
「なまえあなた、それを話すためだけに僕を呼んだんですか」
「うん!だって諸々の事情も込みで聞いてくれるのアンタしかいないじゃん?報酬として、そのパフェだけじゃなくて、季節のプリンアラモードもどうかな」
「ホットチョコレートも付けてもらわないことには、割にあいませんね」

 今、私の目の前で愚痴を聞いているのはジョルノ・ジョバァーナ。前世で私を殺した少年。
 再開したときにはそりゃあもう驚いたが、同時に相手も驚いているのに気がついた。「ああ、コイツ覚えてるな」とお互いに確信を持ったのは、今からもう4年も前だ。男子小学生相手に驚きかえって立ち尽くす女子高生は、はた目に見ても愉快だったことだろう。

 私が恋していた男ではなくて、私を殺した男と事情を共有しているのも愉快な話だけれど。何だかんだと連絡をとっては、こうして駄弁っている。共感のような、同情のような、そんな奇妙な友情が私たちにはあった。

「さっさと告白でもしたら良いんじゃないですかね?モタモタしてるのはそれこそ無駄でしょう」
「それも思ったけどね、前世から貴方の事が好きだ!なんて、酔った勢いで漏らす可能性あるのが怖いよね?恐怖の電波女じゃん」
「ああ貴方確かにお酒に弱そうですよね?余計なことまでベラベラと喋りそうだ……まあ、考えすぎても良くないのでは?それこそ僕の周りだって、覚えてる人はミスタ以外にいませんよ」
「そうだったね?こういうの言うのも何だけど、ちょっと羨ましい!こっちも1人だけでも覚えててくれたらなあ」

 調子を付けたように言うと、クスクス笑い声が聞こえてくる。まあ、以前には色々とあったかもしれないけれど、私は決してこの少年が嫌いではない。きっと向こうも少なからずそう思ってくれているのではないか。
 なるようにしかならないでしょう、僕も貴方も。少しの慈愛を込めて贈られた助言には、全くその通りだなと思わざるを得ない。

 喫茶店で別れたあと、私はプロシュートの家を訪ねていた。鍵は預かっているので、難なく扉を開ける。しっかりと戸締まりをして入ったワンルームでは、プロシュートが寝こけていた。いくらなんでも無用心が過ぎる。
 今日は夜から皆で飲み会で、時間まではレポートを進める約束だった。一人で課題をするのも味気ないと唇を尖らせて、寝ているプロシュートを見下ろす。

 下ろされた髪はシーツにサラサラと散らばっている。適当な部屋着のはずなのに、色男が着るとこうもキマるものか。ベッドの端には手が力なく放り出されていて、思わずその手のひらを掴んだ。
 綺麗な見目はしているけれど、プロシュートは紛れもなく男だ。上下する喉仏も、わりとある上背も、あの日には失くしてしまった節くれだった指先も。

「……おっきい右手」

 あの日メローネと見下ろした光景をいつまでも覚えている。夕焼けに染まり始めた列車の車体。バラバラになって水に紛れてしまった可愛い私たちの弟分ペッシ。そして、身体を損なって地面に倒れ伏したプロシュート。

 指先を絡ませて握ってみても、プロシュートの手は其処に有って消えない。目を瞑ってはいるけれど、きちんと心臓が脈を打っている。

「えへへ……」

 ああ、幸せだ。まるであの日に見た夢の続きの様だ。みんながいる、プロシュートが生きている。こうして手をまた握れる。
 だからこそ、私は現状以上を望めない。これ以上の幸せを望んだら、みんなみんな泡みたいに消えてしまいそうだもの。もぞもぞと身じろいだかと思うと、プロシュートが不意に目を覚ました。寝ぼけた様子も愛しくってヘラリと笑う。

「……何やってんだ、なまえ?」
「おはようプロシュート、もうすぐ夜が来るよ」

 窓辺に差した夕日は色を暗く変えて、薄い月が昇りはじめた。もうすぐ夜が来る。私もこの人も息をしている、極々ありふれた、これからも続く幸せな夜が来る。