あなたは安寧


 目が覚めると、プロシュートが私の上に跨がっていた。ここはアジトの仮眠室で、私は任務を終えてうたた寝していたはずだった。何だこの状況。

 あまりのことに声も出せない。そんな私に気がついたのか、彼は私にうっすらと微笑んですら見せる。本当に何なんだ。
 なおも服を脱がせてくる手は止まらず、ワケのわからない状況は止まらない。そして今気がついた事には、プロシュートは非常に酒臭い。つまりこれは酔っぱらい。そうとわかれば話は早かった。

「死ね!プロシュート!」
「わあ、なんかプロシュート飛んできた!」
「クソが、恋人に何しやがる!なまえ!」
「恋人だからこそ、なお死ね!」

 なので、とりあえずスタンドでプロシュートを扉ごと隣の部屋まで投げ飛ばした。バキバキと音を立てて木材ごと飛んだプロシュートは、ソファに座っていたメローネの足元まで飛んでいった。いやあ、ずいぶんと仮眠室が開放的になってしまったなあ。まだ喋っているようなので、腹に追撃を加えて意識を沈ませる。よし、落ちた。

 ひと仕事を終え、やり遂げた面持ちで再びベッドへと潜り込む。さあ、今度こそ良い夢を見よう。

 しかしまあ、そうは上手くいかないのが世の常だ。

「私悪くないじゃん?ということでもう立って良い?」
「俺は扉に関しては悪くねえ、壊したのはなまえだからな?犯人も見つかったな、これで良いだろ」
「うっわ!今の聞きましてリーダーさん?ほらプロシュートだけ此処に残しといて良いから私はもう解放してよリゾット!」

 私たちのやり取りを見ていたリゾットが、大袈裟にため息をつく。私とプロシュートは現在進行形で床に座らされていた。
 扉が破壊されて、プロシュートが部屋から射出されたその時間。運が悪いのか良いのか、リゾットがちょうど帰ってきたのだ。瞬く間に二人して床に引きずられ、こうしてかれこれ一時間は説教が続いている。

「スタンド出してくる痴話喧嘩もそう無いよな?今後何かの参考になるかもしれない、もっと泥沼化させてデータを取りたいもんだ」
「いやまあ、今回はプロシュートが悪いんじゃねえか?アイツ、酒場から一直線になまえのとこまで来たんだぜ」

 床に座る私たちの背後のソファーでは、メローネとホルマジオが好き勝手に喋っている。他人事だと思いやがって。私が食事当番の際には目にものを見せてやろうと、心に固く決意する。

「プロシュートが全面的に悪いことは認める、だがせめて、どうしてそうなったか俺にも分かるように経緯を話せ」
「私に分かるわけないじゃん、リゾット!こちとら寝込みを襲われた被害者ですよ、殺してないだけ感謝してほしいくらい」
「人格は置いておいてもプロシュートの能力を失うのはチームとしても困るが、事情によっては情状酌量の余地も無くなるからな」
「テメエら、好き勝手に言いやがってよぉ……」

 プロシュートはやはり酔っているようで、言葉にあまり覇気がない。心なしか頬にさす赤みも強いし、呂律もまわりきってない。いったいどれだけ飲んだというのか。
 少し呆れたような目線でプロシュートを見つめると、ホルマジオの苦笑が後ろから伝わってくる。これは何か知っているな。

「それで?ホルマジオ、知ってること洗いざらいお願い」
「あー……まあ、プロシュート酔ってるしな、構わねえか?さっき酒場でよお」
「おい、俺は酔ってねえぞ」
「酔っぱらいって皆そう言うよな、ディモールト見苦しいぜ」
「止めろメローネ、話が進まない!プロシュートは俺が抑える、ホルマジオ続きを」

 各々好き勝手に話すお陰で、話はてんでバラバラだ。やはりこういったときにまとめ役の有難みを感じる。
 ホルマジオは苦笑を深くしながらも、話を続ける。プロシュートは何か仕出かさないように、物理的に頭を床に押し付けられていた。あまり抵抗してないのは、眠気にウトウトしているからだろう。時折寝息すら聞こえてくる。

「今日は俺たち曲がり角の所の酒場で飲んでたんだ、気分も良かったし飲むピッチもずいぶん早かったんだよなあ」

 ホルマジオの話をまとめると、おおむねこんな内容だった。仕事終わりに二人は、酒場で食事がてら飲んでいた。気分が良かったこともあり、いつもより飲むペースも早まって、珍しくプロシュートが酔っ払ったのだそうだ。そこまでは良かったのだが、ふとしたことで隣の客と口論になってしまったのだという。
 しかし、ホルマジオは肝心な口論の原因について何故か口を濁したままだ。

「口論って、何でそんなことしたの?気分良かったって言ってたじゃない、そこが分かんなきゃどうにもなんないよ」
「まあ、そりゃあ、なまえのことだよな」
「……私?」

 それは全くの予想外だ。メローネとリゾットも、それは予想してなかったようで少し驚いている。

「隣の席が随分なゲス野郎共だったからな、テメエらの女の好みについて、ああだこうだ大声で煩くてよお!そんで、ついには傷がついてる女はゴミ同然とまで喚きだしやがったとこでプロシュートが、な」

 なるほど、そういうことか。ようやく合点がいって、思わずうなずき返す。
 暗殺という仕事柄、私たちはもとより日常的に命の危険に晒される。少しの怪我や損傷には構っていられない。優先されるべきは己の見目よりも、任務の遂行なのだから。
 その結果、私はどうしたって『普通』の女よりは古傷も刻まれているし、生傷も絶えない。つまり、酒場の口論の原因はそういうことなのだ。

「……殺っちゃったの?」
「まさか、何発か拳いれて終わったさ!迷惑被ってたのは店側もだしな、そのあと適当に追い出したんだよ」
「へーえ、それでプロシュートはその足でアジトまで来たんだな?随分とおアツい話じゃあないか」
「まあ、事情が事情なのは一応理解したが……しかし、お咎め無しと言うわけにはいくまい」

 会話を聞いていたのかいないのか、いきなりプロシュートが面を上げる。呂律の回りきらない表情と言葉には似つかわしくなく、瞳だけが意思の強さを持って輝いていた。

「……回り回って俺の女が馬鹿にされたんだ、黙って聞いてる道理は無え、それを咎めるってんなら好きにしな」

 そう言ったきり、今度こそプロシュートは床に突っ伏して眠ってしまった。部屋に響いたメローネの口笛が、やけに気恥ずかしく感じるのはやはり揶揄めいた感情を感じるからだろう。

 そういえば、服を脱がせてきた時のプロシュートは何だか様子が違っていた。彼の瞳には、色めいたものが全くなかった事を思い出す。アレはもしかして、私じゃなくて傷を見ていたんだろうか。あんなにも愛しそうな顔をして。

「ねえリゾット、扉壊してゴメンね?キチンと明日に二人で直すよ!だから今日は、お開きにさせて」
「帰るのなら、なまえは夜勤明けなのだから運転は誰かにさせろ、工具は倉庫にあるから明日はそれを使え」
「Grazie. メローネ、キーはあるね?」
「ハイハイ、まあ面白いもの見せてもらったしな、良いぜ」
「ホルマジオ今日はありがとう、いい夢見てね」
「大したことはしてねえよ、気を付けて帰んな」

 床に転がるプロシュートに肩を貸して、車庫に行ったメローネを追いかける。酔っ払った男は重いから、あんまり運びたくはないけれどしょうがないだろう。
 背中に刺さる視線が心なしか生ぬるいのは、きっと気のせいじゃない。

 肩に頭を半ば預けるようにして、プロシュートは何かをモゴモゴ言っている。
 
「なまえお前はよ、俺が選んだんだ、そんなお前が俺は良いんだ」
「もしかしてさあ、さっきのやつ?私の傷だけ見たかったの」
「傷があったところで損なわれる美しさなんて、そんなもんは存在しねえ、そうだろう」

 酔っぱらい相手の会話は、チグハグだけど何となく成り立つ。悪い気分はしなくって、顔はにやついてしまうのが悔しいところだ。
 まあ、こんな熱烈な告白のお返しは、キチンとしなければならない。明日の朝に目覚めたら、キスぐらいはしてやっても良いなんて思った。