砂糖のように甘い


※恥パ設定準拠

 その車椅子の女には、噂が耐えなかった。いわく、チームを捨てた薄情者。生き延びるためなら何でもやるドブネズミ。厚顔無恥の臆病者。
 散々に吐き捨てられたとしても、女はまったく顔の色を変えない。その態度が、更に周囲との軋轢を深くする。

 そしてフーゴは何故か今、そんな周囲からの悪評高き女とカフェで向き合ってケーキをつついていた。

「すいません、このタルトも追加でお願いします!あっ、お茶のおかわりも!貴方はおかわり良いの、パンナコッタ?」
「僕はいらない、それよりもなまえ」
「ちょっと待ってね今すぐに注文終えちゃうから!ええはい、ゼリーパフェとティラミスも追加で、以上でいいです……なあに、パンナコッタ?」

 微笑みをたたえてフーゴの名を呼んだ女の目の前には、既に食べかけのパンケーキと、空になり重ねられたケーキの皿たちが鎮座している。無論フーゴの前にもチーズケーキの器が置かれているが、ここまでの食いっぷりを見せられるとそれだけで腹一杯になってしまう。追加の注文はまだまだ不要だ。
 車椅子に乗ってニコニコと笑う女とは対象的に、フーゴの眉間には皺すら寄っている。不快と言うよりは、困惑の色が強い表情だった。どうしてこんなことになったのか、まだ理解しきれていない。しかし、言っておかねばならない事がある。

「ファーストネームで呼ばないでくれと、言ったはずだけれど」
「だって貴方、お友達にはフーゴとファミリーネームで呼ばれているじゃない?私みたいな女に親しい呼び方されるのは嫌でしょ、パンナコッタ」
「……別に、いや、そうじゃなくて」
「暗殺チームの生き残りに、親しそうにされるのが嫌かしら?それとも評判悪い私そのものが嫌なのかしら?何にせよここのケーキは美味しいのよ、食べるといいわ」

 こうなってしまうと、なまえは止まらない。短い付き合いではあるが、彼女が相当に頑固である事をフーゴは理解していた。今はとかく、ケーキを食べる時間だということなのだろう。
 本部で会うなりおやつの時間だからと手を引かれて、振りほどかなかった自分にも非は有るのかもしれない。そう観念してチーズケーキを口に運べば、確かに悪くない味だった。

 ボスがディアボロからジョルノに替わり、様々な変化が組織にはもたらされた。古きを尊びながらも、淀んだ悪習は捨て去る。新しきを目指しながらも、無闇矢鱈に取り込まない。フーゴの再びの登用も、そんな改革の一部だ。
 そうして、改革に含まれるうちの一人が、今フーゴの目の前でゼリーパフェをしげしげと眺める女だった。

 暗殺チームの生き残り。生死を掛けた戦いを繰り広げた相手こそ、女が属していたチームだ。
 とは言え、フーゴは名前こそ聞けど、つい最近までなまえとの面識は無かった。
 パッショーネに骨を埋める意思を固めたのも、彼にとってそう過去の話ではない。であるからこそ、敬愛するボスに「合わせたい人がいる」と、なまえと引き合わされたのも本当にごく直近の話なのだ。

 聞けばなまえが一行に接触したのは、フーゴがポンペイの遺跡に向かっていた時だという。フーゴからすれば、留守の合間に訪れて、いつの間にか退場させられていた敵。それこそがなまえだった。
 だからこそ、初対面のときはそれなりに緊張していたのだ。だというのに、彼女はフーゴと目を合わせるなり微笑んでみせた。キイキイと音を立てて近づく車椅子にも気がつけず、いつの間にか手まで握られていた。

「はじめまして、パンナコッタ・フーゴ!私がなまえ、ジョジョからあなたの事は聞いてるわ!よろしくね。」
「あ、ああ……よろしく」

 思わず見下ろした先には、ジッパーで取れたかのように綺麗に欠けた脚が車椅子に乗っていて。彼女は確かに彼らに出会っていたのだな、なんて寂寥感すら覚えたのが始まりだった。


 今もなお、フーゴは不思議に思って止まない。なぜ彼女は敵だった自分に笑ってくれるのか。なぜこうして組織に残ったのか。なぜ、フーゴと同じようにジョルノの手を取ったのか。
 考えが高じて黙り込んだフーゴに、クスクスと笑い声が降りかかる。嘲笑でもなければ、社交辞令でもない。何かを面白がるような声だった。

「パンナコッタ、貴方アタマ良いんだから考えすぎては駄目よ、止まらなくなっちゃうわ」
「なまえ、1つだけ質問をしてもいいかい」
「私が質問を選んでもいいならね?そうね、じゃあこれだけ……私が一緒に彼等といかなかったのはね、一人ぐらい墓守がいても良いだろうと思ったからよ」

 女の顔はいつになく真面目で、茶化している様子は一切見受けられない。フーゴは自分の疑問を口にしたことは無かったけれど、なまえはきっとすべて分かっていたのだ。だからこそ、フーゴは釈然としなかった。

「君は聡い、ここに残れば謂れの無い噂まで立てられると、分かっていたんじゃないのか」
「それは貴方も、でしょうに?そうね、考えなかったわけじゃないの、穏やかに余生を過ごす可能性もきっとあったんでしょうね?でもね、選ばなかったということはあり得ないのと一緒なのよ」

 きっと何度だって、私はこうするわ。そう呟いた彼女の横顔は、今までに見たことのない感情を乗せている。

 ジョルノは、ほんの少しだけなまえの事をフーゴに教えてくれた。ジョルノに接触したのは、一命を取り留めて病院で目覚めたなまえ自身だったこと。自身の持ち得る全てを差し出して、取引を求めたこと。彼女が求めた対価は、9人分の墓だったこと。

 フーゴには、わからない。汚名を自ら被ってまで、墓守に生涯を費やそうとした彼女の決意も。彼女の身を割くような意思を見ようともせずに、罵声を浴びせる外野の気持ちも。

「君と食べるケーキは、その、嫌いじゃないから、僕は残ってくれてよかったと思うよ」

 そんな言葉をなまえに掛けた理由も。フーゴの言葉に、目を瞬かせて驚く彼女の表情が好ましい理由も。まだまだフーゴにはわからない。