夢想の実

 腹にズシリと来るような気だるさと、物理的に胎内から血が流れ落ちていく不快感。どうせ来るなら休みの日に来てくれれば良いのに。窓の外の景色ばかりの爽やかさとは裏腹に、私のコンディションは最悪だ。

 唸る身体を抱えてアジトに着きはしたものの、何もする気が起きずにソファにだらけている。呆けて空中を見つめる私を、リゾットがチラリと見つめた。ああもしかして、これは誤解されてるかもしれない。

「あのリゾット、そんなに見なくても体調不良とかじゃないから平気、生理なだけだから」
「……ああ、なまえももうそんな年だったか」
「そんな年もクソもあるかい、アンタと私じゃ5歳も変わんないでしょうが」
「そうなんだがな、お前はどうにも小柄だから」

 無用な誤解をさせないための気遣いだったけれど、逆に場を混沌とさせている気がする。クツクツと笑っているのを見るに、冗談だったらしいが。いったいこの男は私のことをいくつだと思っているのか。

 確かに、イタリア生まれの男どもの中に、一人だけ混じる極東生まれの女は感覚的にも小さいのだろう。大柄な男が目立つ仲間内で、自分が世間的に見ても小柄な自覚はある。

「身体は小さくても立派な一人のレディーなのですよ、もっと肝に銘じてもらいたいな」
「勿論、お前を女でないと思ったことはない」
「そこまで話を大きくしなくても良いかな……?もう少し私の身の丈にあったレディー扱いをお願いします」

 リゾットは根が真面目だから、言葉のひとつひとつにも重みがある。本人からしてみれば冗談のつもりでも、周りには深刻さを持って受け止められることも少なくはない。コレは彼の長所でもあり、短所でもある。
 
 とりとめもない話をしていたら鈍痛と不快感はだいぶ薄れてきた。ソファの背もたれに背中をつけて、姿勢良く座り直す。腹の上に手のひらを乗せれば、ジワジワと広まる熱が心地よい。手当とはよく言ったものだ。
 リゾットはそんな私の様子が気になったのか、覗き込むようにして見てくる。前にそびえるように立たれると、柱みたいだ。

「何をしてるんだ」
「手で暖めてる、人肌って苦痛を和らげるらしいよ」
「人肌……こうか?」
「えっ、あっ、うんそんな感じ!やっぱり手が大きいと包める範囲も広くていいね」

 リゾットが手を伸ばして、服越しに私の腹を手のひらで覆った。急なことでビックリしたけれど、善意を断るのも気がとがめる。
 随分と身長差があるから、わざわざしゃがみ込んでくれているのが少し微笑んでしまうけれど。やっぱり身長が高い人は手も大きいんだな、なんて思う。

「いっそ生理なんてなければ、毎月毎月こんな思いしなくていいのにねえ」

 本気で思っているわけじゃないけれど、ふいにそんな弱気が口をついて出た。毎月の事とはいえ、やっぱり精神的にも参ってしまう。まあ冗談だけどね、と続けようとしてその言葉を不意に飲み込んだ。一瞬だけれど、リゾットの表情が揺らめいたのだ。

「俺は、そうは思わねえな」
「ま、まあ、健康な印だしね?私も本気で言ってるわけじゃないよ」
「そうだな、いつかはなまえも母親になるかもしれない、その印なのだから」

 茶化しつつ場を離れようとして、腰を上げようにも動けない。私の腹の上に置かれたリゾットの手に、少しだけ力が込められた。ただそれだけだ、それだけで私の足は魔法でもかけられたみたいに石のようになってしまった。

「お前の子供は、可愛らしいだろうな」

 優しげな笑顔の奥に、チラチラと炎のようなものが透けて見える。話しているのは私のことなのだろうけれど、下手なことを言えない雰囲気だ。少しでも不用意な事を言えば、きっと、このまま。

 ねえリゾット、それはいったい誰と私の話なの。なんて、聞けるはずもない言葉は喉の奥にかき消えていった。