#1 いちばん近くていちばん遠い

「えっ、グレイスとチェリーって双子なのか?」
「そうだよ、でも二卵性だからねえ……あんま似てないでしょ」
「兄妹なのは見てわかったけどね、暦ん家だってよく似てるよ」

 ネオンのように瞬く野外灯たちが、集まった観衆たちを照らし出す。『S』の宴は今宵も狂乱の真っ只中。深夜のコースで、男子高校生二人と会話が出来るのも中々に非日常だとは思う。

 モニターにはビーフ渦中のスケーターの姿が映し出され、カメラはその姿を追い続ける。今競い合ってるのはCherry blossomとジョーのふたり。またいつもの言い争いが発展して、今夜は滑るにまで話が及んだらしい。二十数年も一緒にいて、良くもあそこまで喧嘩の種が耐えないものだ。

「じゃあチェリーとグレイスとジョーと愛抱夢で、四人共昔馴染みなんだ」
「兄妹を昔馴染みと言ってよければね?スノーはひとりっ子でしょう、レキは……下に何人かいると見た」
「すげえすげえ、当たってるよ」

 今は昔の二十数年前、桜屋敷薫くんが産まれた時に桜屋敷雅ちゃんもオギャアと産声をあげた。そうして二人はすくすくと育ち、南城虎次郎くんという幼馴染が出来ました。それなりに仲良く過ごした三人はスケートボードとの出会いを果たし、学生時代に愛抱夢という癖の強い友人にも出会い、色々あって今はこうして『S』に集っているのです。

 少し前まではイザコザの中心となっていた愛抱夢の悪癖も、今は落ち着いた。本当にうら若き少年たちが秘めるパワーとは空恐ろしいまである。私達が止められなかった彼を、こうもあっさり目覚めさせてしまったのだから。

 私たち大人は経験を積んだ分だけ強いけれど、未来を切り開く力強さは青春を生きる青少年たちに軍配があがるのだ。

「もうそろそろカーブまで行くな!やっぱ二人ともすげえプレイヤーだから見てて楽しいや」
「二人とも本当に正反対な滑りするからね、対比できて面白いのは昔から」

 モニターの中で攻防を繰り広げる二人の男。一進一退を繰り返す二人のレース運びは、拮抗した実力をうかがわせる。ああ、始めた頃からすれば本当に見違えるように強くなった。

 ひと際大きな歓声が聞こえてきて、ふと顔を上げる。ゴール地点である廃工場まで二人が飛び込んできたのだ。真剣な横顔に隠しきれない楽しさが滲んでいるのが、画面越しにも分かった。ゴールラインまではあと数秒で辿りつくだろう。

 文字通り滑り込んできた二人を歓迎するように群衆が野次ともつかない声援を飛ばす。ラインまであと数m、数cm、数mm、ゼロ。線を乗り越えた二人はキャップマンたちによる判定を待っている。そうして映し出された名前はCherry blossom。今回は兄の勝ちとなったようだ。

「クッソ!廃工場に入ってきたときは俺のが先だったのによ!」
「いくら叫んだところで負け犬の遠吠えだぞ、見苦しい」
「うるせえ、次は絶対負けねえからな」

 キャアキャアと言い争う二人は何年たっても変わらない。男子高校生たちに手を振って別れたあと、場の主役たちに声を掛ける。クーラーボックスから持ち出したミネラルウォーターを両手に持ちながら近付いてく。名前を呼びつつボトルを投げると、二人が同時に受け取る。こちらを振り向くタイミングまで同じなのだから、本当に仲良しだ。

「二人ともお疲れ様、そんで今回の掛け金は何だったの」
「この脳筋ゴリラに貸し付けていた金の利子だ、明日のディナーは豪華になるからお前も来い」
「わーい!タダ飯ごちそうさまです!」
「ちょっと待てよ、ビーフした薫はともかく雅までとは聞いてねえぞ!」
「この場でその名前を呼ぶなと言っているだろうが、クソボケ筋肉達磨が!」

 言い争いが過去のほじくりあいにまで発展していくのを、一歩引いて眺める。本当にこれだけは、未来永劫改められることはなさそうだ。さてどこで止めに入ろうかと考える耳に、群衆から向けられている話し声が届いた。耳慣れない声なので新規参加者だろうか。

 ヒソヒソ、ガヤガヤ。ねえ、あの子なんなの?チェリー様の妹のグレイス。ジョーとも幼馴染なのよ。ああ、なあんだ兄妹かあ。ヒソヒソ、ガヤガヤ。悪意は感じられない、純然たる興味が滲む声だ。

 その内に兄と幼馴染は顔を背けあったらしい。言い合いもひと段落ついたようだ。波が引いたようにぽっかりと開いていた空間に、姦しい話し声がすり寄っていくのが見えた。その真ん中で男は笑っている。

「眉間に皺を寄せるぐらいなら混ざってきたらどうだ」

 気が付けば横に兄が立っていた。指摘された通り己の額に指をあてると、ずぶずぶと沈みこんでいく。我ながら大人げない女だ。

「駄目だよ、今あそこにいるのは虎次郎じゃないもん」

 今あの場にいる彼は、『S』の人気プレイヤーのジョー。ジョーは女好きで明るくて、軽薄で優しい。だからあんな風にファンの女の子も決して除けたりはしない。今までだってそうだったのだ。

「あんな力任せしかできない猿の何が良いんだか」
「かおちゃんには恋する乙女の心なんて、一生分かりませーん」
「こら、Sネームで呼べ!」
「キャッ、怒られた!」

 冗談めかして場を濁すのも随分と上手くなった。のらりくらりと交わす術だけを身に着けて、外見だけは大人ぶって取り繕う浅ましい女。桜屋敷雅を閉じ込めて、この場にいる限りの私はグレイス。グレイスはCherry blossomの妹で、ジョーと愛抱夢と並ぶ初期からの『S』参加者。

 兄に小突かれる私の方へと、女の子に囲まれたジョーからの視線が飛んでくる。手を振るとヘラリと笑うその顔が、憎らしいほどに好きで好きで堪らなくて、悔しかった。
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