波紋

わたしには想いを寄せる人がいる。同じ波紋使いのシーザー。別名スケコマシ。女好き。リサリサ先生の下でわたしたちは長らく修行をしている。いわゆる兄妹弟子ってやつだ。…なんて、兄妹弟子なんていうと聞こえはいいけれど、最近わたしたちの仲は犬猿のそれに近いくらいのものになりつつあった。事実わたしの斜め前で海を眺めるシーザーは明らかに不機嫌そうな表情をしている。

(なんでこうなっちゃうんだろう)

幼い頃はこんなじゃなかった。喧嘩をすることはあったけれど、基本的にわたしたちは仲良くあった。同じ波紋の修行、苦しいことも嬉しいことも共有してきた大切な存在なのに。最近では口喧嘩ばかり。本心では仲良くしたいとも思っているけど、顔を合わるとどうもうまくいかない。喧嘩ばかり。今日も些細なことから口喧嘩がはじまり、収まりがつかなくなったところをリサリサ先生に叱られた。そして罰として本島へのお使いを頼まれたのだ。

「このじゃじゃ馬が」
「うるさい、スケコマシーザー」

本島に向かうゴンドラ、二人の乗客は隣同士になんか座らない。わざわざ座る位置をずらしている。馬鹿みたいだ。また可愛げのない言葉ばかりが口をついて出る。

「本当に可愛げのない女だな。少しは先生やスージーQを見習ったらどうだ」
「余計なお世話。あんたこそもう少し節操をもちなさいよ。毎回毎回買い出しの度に飽きもせず女の子に声かけて、待たされるこっちの身にもなってほしいものだわ」
「声をかけるのは嗜みだろうが。特にお前と違って可愛らしいシニョーレには、な。別に待っていてくれと頼んだ覚えもないぜ」
「な…好きで待っているわけじゃないわ!あんたがいないと荷物持ちがいないでしょ!勘違いしないでちょうだい」
「フン、天邪鬼め。か弱いシニョーレなら荷物でもなんでも喜んで持ってあげようという気にもなるんだが。可愛く頼むこともできんのか」
「悪かったわね可愛くなくて!先生に言われなかったらあんたには頼まなかったわ、ジョジョは誰の荷物でも文句言わずに持ってくれるもの」
「…ああそうかよ。じゃあ今度からはだーい好きなジョジョとくればいいだろ」
「言われなくてもそうするわ」

憎まれ口を叩いている間にゴンドラは港に到着した。先に降りたシーザーは、わたしに手を差し出すこともなく、さっさと街中へと歩いていった。わたしも船からおりて…そしてこっそり頭を抱えた。またやってしまった。あんな口喧嘩、どうしていつもいつも素直になれないんだろう。ぼんやりと空を見上げる。雲行きが怪しい。…早めに先生からのお使いを済ませないと。海が荒れては島へ戻れなくなる。そんなこと十分承知はしている、けれど

(少しくらい…いつも女の子たちにしてるみたいに扱ってくれたっていいのに)

いつもの修行服ではない。スージーQに見繕ってもらったワンピースに、慣れないヒールの高い靴。久しぶりに本島に行くのだからと、スージーQに化粧までしてもらったというのに。

「ねえ、素直にならないとだめよ。荷物だって持ってもらったならちゃんとお礼を言って感謝の気持ちを伝えないと…」
「高飛車に恩を売るような言い方なんてせずに黙って持ってくれればわたしだってお礼くらい言うわ」
「もうっ素直になれないのはお互い様なんだから、あなたが大人にならないと」
「シーザーの方が一つ年上よ」
「それはそうだけど…、そういうことじゃないでしょ?」
「…シーザーは余程わたしが嫌いなんでしょうね。女性でこんな扱いされているの、わたしだけだもの」
「…ねえ、なまえ?もう一度言うけれど、シーザーはシーザーなりにあなたに甘えているんだと思うわ。他の女の子の前ではいつもカッコよく決めているけれど…あなたの前では素のシーザーじゃない。それってあなたを信頼してるからよ。シーザーが好きならこんなに喜ばしいことなんてないと思うわ。そうでしょ?」
「…そうかしらね」
「あとはなにかきっかけがあれば…きっとうまくいくわ。ね、ほら、名前あなたとっても魅力だもの。だから今日はとびきりおめかしして、シーザーをその気にさせちゃいましょ!」
「…あなたの勘違いじゃなければいいんだけど、ね」

結果、あのスケコマシ、見向きもしなかった。あんたのためだなんて言えるわけないけど、少しくらいリアクションをくれたって良かったんじゃないか。せめて、船を降りるのに手を貸してくれたって、それくらいしたってバチは当たらないのに。白いワンピースの裾をそっと握る。

「おい、早くしろ」

遠く前方からかけられる声にわたしは無言で歩みを進めた。わたしが追いつくより早くシーザーはまた歩き出す。
少しでも長く一緒にいたいと思ってるのは…間違いなくわたしだけ。浮かれていたことがバカバカしくなり、思わず手に力を込める。ワンピースの裾がくしゃりと跡を残してしまった。外見だけ見繕っても、内面がコレじゃあやっぱりダメなのね。
スージーQ。
残念だけど、やっぱりあなたの勘違いよ。



お使いが終わる頃にはいよいよ雨が降り出しそうな天気になっていた。

「お前、リンゴ一つ選ぶのにどれだけ時間がかかるんだ。見ろ、もう日が暮れてしまうぜ」
「シーザーがいちいち女の子を口説くからでしょう。わたし一人だったらもっと早く終わっていたわ」
「荷物持ちがいないとどうのと文句を垂れていたのはお前だろう」

相変わらず文句を言い合いながら最後のお店に向かう。これは先生のお使いリストにはないが、スージーQのためだ。スージーQの努力虚しくシーザーはわたしに見向きもしなかったけれど…服とお化粧のお礼をしなくちゃ。

「…こんなところ、先生に頼まれていたか?」
「スージーQのためよ。ちょっとお礼がしたくて」

町外れのジュエリーショップ、シーザーは不審な顔をしながらもついてきた。お店の中は若い女の子で溢れている。そんな中突然現れた美男子に、彼女たちは頬を染めひそひそ様子を伺っている。シーザーは彼女たちににこやかな視線をむける。いつものことだ。気にせずきらきら装飾された髪留めやブローチから、スージーQに似合いそうなものを探す。赤いリボン、金とパールのイヤリング、カメオのブローチ。…ああ、スージーQのためなのに、わたしまで欲しくなってしまう。この数だもの。決められないわ。仕方ないから、そこの女慣れしたスケコマシさんに少しアドバイスでももらおうか。

「…ねえ、シーザー、どれがいいとおも、う…」

ふと振り返ってそこにシーザーの姿がないことに気付く。さっきまで他の女の子にきゃっきゃっ言われていたのに。いつのまに、どこに…。ちらと店の外を見れば、女たらしは案の定女の子と腕を組んで歩いていた。

「……スケコマシーザー」

路地裏の方に消えていくその姿を最後まで見ていられず、わたしは再びきらびやかな装飾に視線を戻した。



「……遅かったわね」
「ん?…まあな」

港につながる広場でぼうっと立っていると人が近づいてくる気配。もうすっかり陽は落ちている。さっきぶりのシーザーはちらりとわたしの荷物を見た。

「それで?スージーQへの土産は買えたのか」
「とっくに。あんたが女の子とよろしくやってるあいだにね」
「そうか。じゃあ帰るぞ」

悪びれもせずにシーザーは港方向へ歩き出す。すれ違いざま、ふわりと石鹸とは違う甘い香りが鼻をくすぐった。静かに唇を噛みしめる。律儀にこの広場で待ってた自分が惨めに思えてしまった。わたしが待ってる間この男が何をしてたかなんてわかりきってるのに。その上で傷ついてる。本当に馬鹿らしい。こんなことなら多少荷物が重くてもシーザーを置いて先に帰っていればよかった。バカ。女たらし。キザ男。イタ公。

「…スケコマシーザー」
「あ?」

ぽろりと口をついてでた言葉にシーザーが振り返る。しまった、つい。

「…なんでもないわ。荷物持って」
「なんだよ、何か言っただろう」
「何も言ってないわ」
「嘘つけ。なんだ、言え」
「何も言ってないったら」
「言え」
「だから」
「言えっていっているだろう」
「…」

言ったらまた口喧嘩が始まる。もうそんな元気はない。目の前まで戻ってきたシーザーが沈黙するわたしを見下ろす。ちらりと視線をあげると、何故かわたしの顔を覗き込もうとしていたらしいシーザーと思いの外近い距離にぎょっとする。

「…っ」
「おい、なんだ?気分でも悪いのか?」

ぺたりと額にくっついたなにか。暖かい。それがシーザーの手だってことはすぐ理解できたし、重々承知している。けれど、でも、そこから薫った石鹸ではない香りに、頭が、心がついていかなくて。

「!」
「…あ」

気づいたときにはその手を振り払っていた。どさりと持っていた荷物が地面に転がる。シーザーは振り払われた手もそのままにわたしを見つめる。わたしもシーザーを見つめた。わたし、何してるんだろう。何か言わなきゃ。ごめん?やめて?なんて、なんて言えば…。気まずい沈黙を破ろうと、なんとか口を開こうとしたとき。ふとシーザーが上を向いた。それにつられてわたしも顔を上げるとぽたりと頬に濡れた感触。




「チッ…こんなことならあのシニョーレの誘いを断るんじゃなかったな」

その言葉に、ぷちっと何かが切れる音がした。今日のいろいろとか、普段のシーザーへのいろいろとか、とにかくいろいろ。わたしは髪を拭くのもそこそこに、気付けばタオルをその辺にパンっと投げ捨てていた。シーザーが顔を上げる。

「…?おい、タオル」
「シーザーがここで寝て」
「は?」
「わたし外で寝るわ」
「お前…何を言っている。他に空き部屋はないと言っていただろう」
「このホテルじゃなくても部屋なんてたくさんあるもの」
「お前本当に何を言っているんだ」

「わたしくらいの歳の女なら…それこそ誰かさんみたいに女ならなんでもいいって人だってたくさんいるでしょうからね」
「!おい」
「この部屋は譲ってあげるわ。夕方の女の子を呼ぶなり別の人を呼ぶなり…好きにしなさい」
「なまえ」
「それじゃ…荷物、頼んだわよ」

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