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「ここはどこだ…」
ざくざくと砂を踏みしめがら辺りを見回す。岸に上がったところからしばらく歩いたが、見慣れた景色には出会えない。未だ服はびしょびしょ、肌に張り付いて気持ちが悪い。風が吹くたびぶるっと体が震える。でも家に続く道もなくて、一体わたしはどこに来てしまったというのか。
あの短時間で流された?いやそれにしては景色が違いすぎるしなあ。困惑したまま歩き続け、やがて歩き疲れてその辺の岩場に腰を下ろす。お腹も空いてきたしなにより寒い。そっと開いた手の中にはニコリと微笑むお地蔵さん。お地蔵さん、ここはどこですか。
すっかり意気消沈し、疲労したわたしはいつのまにか襲ってきた眠気に耐えきれずうとうとしていた。流石にこんな状況で寝たら風邪は確実、こじらせて辛い目にあうなんてわかっているから、なんとか抵抗していたけれど、いよいよ眠気もピークを迎える。お昼食べずに出てきてしまったからなあ、泳いだのも久しぶりだし、とりあえずお地蔵さんは取り戻せたんだ、少しくらいなら眠っても…なんて瞼が塞がり意識が落ちかけた時、まさにその時だった。
「い、たたたたたた!」
ぶすりと頬に何かが突き刺さる。微睡み無防備だったわたしにこれ以上ない不意打ち、眠気は一瞬で吹き飛びわっと目をかっぴらいた。ら、そこには木の枝を持った赤毛の男の子。彼も相当びっくりしている。目がまん丸だ。
「生き、てた…」
「生きてるよ!君、わたしの頬刺したね?」
手に持ってる木の枝を指差せば男の子の視線もそこへ向かう。わりと鋭く尖っている、かなりの痛みだったけど血出てないこれ大丈夫か?
「いたたたた…起こすにももう少し起こし方があると思うんだけどな」
「…すみません」
おや、意外と素直だ。さっきのまんまるな目はもう通常に戻ったらしい、つり目の落ち着いた目がわたしを見つめている、というかわたしの体を見つめている。ああ、びしょびしょだもんね、恥ずかしいな。
「あー、これは海に落ちちゃって。ははは」
男の子、無言。反応を返してくれない。なんだろう、恥ずかしがり屋なのかな。まあいいや、ようやく人に会えたんだ、ここがどこかきいてさっさと家に帰ろう。
「ねえぼく、ここはなんてところかな?」
ちら、と顔を見たあと男の子の口から出たのは知らない地名。やっぱり流されたのかな。うーん困った。歩いて帰るにも自分がどこにいるかわからないからなあ、情けないけどこの子に近くの交番まで案内してもらおう。見た感じ小学生くらい?だけど賢そうな顔をしているし連れていってくれるだろう。恥は捨てるぞ。
「あのね、お姉さん迷子なんだ。近くの交番まで連れていってくれると助かるんだけど、場所わかるかい?」
「…こう、ばん?」
「交番っていうのは、お巡りさんがいるところだよ。警察のお巡りさん」
「おまわり…、けいさつ…?」
…あれ?話が通じない。交番どころかお巡りさんと警察が通じないってどういうこと?相当なアホの子ってわけじゃないと思うんだけど、って、あれ?
そこで初めて気がついた。男の子の服装はいわゆる、着物。足も裸足。現代ではまず見ない格好だ。この地域の子どもの服装としては一般的なのかもしれないけど、着物なんて珍しいな。
「…よく分からないんですが、とりあえず着いてきてください」
「え?」
「迷子なら、町のほうに行けばあなたの家も分かるかもしれません」
そう言うなりくるりと方向転換した男の子はさくさくと砂浜を進んで行く。わたしも慌ててその後を追う。て、展開早いね。
「ありがとう、えっと、名前は?」
「……」
「あ、怪しんでる?じゃあわたしから名乗るね、わたしは日向って言うんだ」
「……」
反応なし!怪しい人に名前を教えるなっていう親御さんの教えの賜物かなー自分が怪しい人認定されているのは傷つくが仕方ない。何か話しかけてもほとんど無反応な男の子と共にしばらくさくさく歩いていくと、前方になにやら建物が見えてきた。人の声も聞こえる、おお、やったなんとかなりそう。ほっと安心したのも束の間、町に入るなりわたしはまた驚愕することになる。
「み、みんな着物…」
道を行き交う人々皆様一様に着物着物着物。袴とか小袖?の人もいるけどわたしみたいに洋服着てる人なんて一人もいない。むしろわたしだけが洋服着てるせいでかなり好奇の目を向けられる。あげくびしょ濡れだし、どうあがいても目を引いてしまう。チラチラ向けられる視線に耐えきれず、前を歩く男の子に尋ねる。
「ねえこの街では着物着るのが普通なの?それとも映画か何かの撮影?」
「普通ですが。あなたみたいな南蛮の衣装を着ている人のほうが珍しいです」
南蛮の衣装?わたしの服もいたって普通の洋服ですけど。というかどうもおかしい、変わっているのは服だけじゃない。家の作りやお店の様子もわたしのいた街、というか現代の平均的な街とはかなりかけ離れている。まるで時代劇のよう、昔の日本という感じだ、一体どうなっているんだろう。わたし本当にどこにきてしまったんだろう。
「みよしまるーーー!!!」
と、前方から喧しい声。ぴたと前を行く男の子の足が止まる。みよしまる?この子の名前かな。また古風な感じだ。人混みをかき分けかき分けやってきたのは20歳くらいの男の人。顔に傷がある。その人はわたしとみよしまるくん?の前に来るとさっとわたしたちを引き離した。
「兄ぃ」
「お前変な女に付きまとわれてるってきいたぞ大丈夫だったか?!」
「変な女…」
「おいあんた!うちの可愛い舳丸に手出したらタダじゃおかねぇぞ!!!」
いきなり凄まれてしまった。男の人はみよしまるくんを背後に庇ってわたしにほえかかった。が、改めてわたしをみるなりさっと顔色が変わり、今度はぎゃーーーっと叫びだした。賑やかな人だなあ。
「ぬ、ぬ、ぬ、」
「ぬ?」
「ヌレオナゴ!!!」
「え?」
「ぎゃーーっくんなくんなあっちいけーー!!!」
ぬれおなごとはなんだろう。悪霊退散!!とかやってるってことはお化けか何かなんだろうか。字面から察するに濡れた女の人のお化けかな。なんとか声をかけようとするもギャーギャー騒いでいる男の人にはわたしの声は届かないらしい。参ったな。
「兄ぃ落ち着いてください」
「舳丸お前もやれほら悪霊退散!!!」
「この人はただの迷子です。家を探しているって」
「家を探す!?そう言って水軍館に呪いでもかけようって魂胆なんだな!!ここできっちり成仏させとかなきゃああとあと痛い目みるんだ!!」
「あのーわたしただの人間で」
「うるせえ黙れ黙れ!!臨兵闘者皆陣烈在前!!!」
成仏っていうか完全に悪霊扱いされている。みよしまるくんが声かけても全く話を聞いてくれない。全部悪霊うんぬんに変換されていく。足がガタガタしているところを見るとお化けとか苦手なタイプなのだろう、でもみよしまるくんを背後に庇ったまま必死でなんとかしようとしている、兄弟なのかな、いいお兄さんだなあ。顔は全く似ていないが。なんだなんだとギャラリーも増える一方で、いよいよ収集がつかなくなってきたところにまた声がかかった。
「疾風の兄貴!何してるんですか!」
ぐいぐいと人ごみをかき分けてきたのは、今度は中学、いや高校生くらいの男の子。ゆるく波打つ髪が特徴的だ。
「義丸お前も祈れ!南無阿弥陀!」
「何を言ってるんですか」
「この人のことをヌレオナゴだと思っているんです」
すっと示された先にいるわたし。よしまると呼ばれた男の子の視線がこっちに向く。男の子はわたしの姿を捉えると一瞬びっくりした顔を見せたが、すぐ口元に笑みを浮かべた。
「この人が舳丸の誘拐犯?可愛いですね」
「馬鹿野郎義丸こいつはヌレオナゴだっ!!!!」
「俺は誘拐されてないです」
「あのーわたしはただの迷子なんですが…」
「ほれみろこの世を彷徨ってる悪霊なんだよこいつぁ!!」
「うーんまあ彷徨ってるってところは合ってるといえばあっているんですが」
「お姉さんそんなびしょ濡れじゃ風邪をひきますよ。舳丸なんかより俺といいとこいって温め合いましょうや」
「は?あの」
「お前精気吸い取られて死ぬぞ!」
「俺はこの人をただ町まで案内しただけです」
「そうなんです、この子に案内してもらっただけで誘拐とかそういうやましい気持ちは微塵もないんです」
必死で訴えればよしまるくんは笑いながらはやてさんを宥めてくれた。ようやく落ち着いてきたところでくしゃみをひとつ。その様子をみてよしまるくんがまたふと口元を緩めた。
「くしゃみするヌレオナゴなんていませんよ。足だってちゃんとある」
「だが…舳丸の後をつける変な女がいるって報告だったからよ」
「まあいいじゃないですか、悪い人じゃなさそうですよ」
「おいヨシ!」
使ってくださいと渡されたのは手ぬぐい。ようやく体がふける。有り難くお借りして拭ける範囲を拭いていく。体は冷え切ってしまっているけれど少しはマシになったかな。友好的なよしまるくんとは対照的に、ジト、とむけられる視線に未だ警戒が解かれたわけじゃないのかとちょっと疲弊する。まあ仕方ない、小学生の後を成人した女の人が付け回してたらそりゃあ保護者に連絡が行くよね。みよしまるくん歩くのがかなり速いのと、わたしが疲れて歩くの遅いが故だったんだけど、不審者に見えたというなら納得できる気もしないでもない。
「今日はもう遅いし、家もわからないんでしょう。なら水軍館においてやるってのはどうですか?」
「馬鹿言うな。素性の知れねぇ人間を館に置けるかよ」
「さんざヌレオナゴだなんだって町の衆の前で騒いだんですよ、ここにも居づらくしちまったし、今日くらい面倒見てもバチはあたりませんって」
そう言われてはやてさんがぐっと言葉に詰まった。たしかに街の往来ど真ん中であんな騒ぎをしてしまったんだ、元から目立ってたとはいえわたしの家知りませんかなんてその辺の人に気安く聞ける雰囲気ではなくなってしまっていた。陽も傾きはじめさてどうしたものかと思っていたところによしまるくんがそういってくれたのは正直言って有り難さもあった。
とりあえず館?に連れて行くということではやてさんも渋々納得してくれたらしい、四人連れ立ってぞろぞろきた道とは異なる道を行く。その前によしまるくんが着ていた服を貸してくれた。優しいなあ。
「で、お姉さん名前なんて言うんですか?」
「日向って言います。えっと、よしまる、くん?」
「覚えてくれたんですね。嬉しいなー」
「お兄さんは、はやて、さん」
「…おう、まあ、さっきはなんだ、悪かったな騒いじまって」
ばつが悪そうに言うはやてさん、完全に信じてくれたらわけではないだろうが、そう謝ってくれた。やっぱりいい人だ。相変わらずわたしの前を歩いて行くみよしまるくんも、さっきは庇ってくれてありがとう。嬉しかったよ。
「事実を言っただけです」
そ、そうか。クールだねきみは…。
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