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「鉢屋が…稲荷神様…?」
「そうだよ。覚えているか日向、お前の体を貰い受ける誓約だ」
そんなこと言われたって、じゃあはいどうぞとやすやす自分の体を渡すわけにはいかない。第一あれは神様との誓約で鉢屋は関係ない、だって鉢屋はただの幼馴染。そう思っているうちに、気づけば目の前に来ていた鉢屋、驚いて一歩退けば段差に引っかかってわたしはそのまま後ろに転んだ。どたんと鈍い音を立てて倒れたわたしを鉢屋は呆れ顔で見下ろす。
「いっ…たぁ…」
「相変わらずドジだな」
「う、うるさい…」
打った頭とお尻を摩りながら体を起こそうとすると、鉢屋がしゃがみ込んだ。それもちょうどわたしの足の間に入り込んだ体躯に顔が熱くなる。
「ちょっと!どいてよ!」
「やだ」
倒れ込んだせいでめくれたスカートの裾を引っ張って下着が見えないようにすると鉢屋が口元だけで笑う。退く気配のない鉢屋にしびれを切らして足で蹴り上げようとするものの、この無駄に勘のいい幼馴染は感づいたらしい、がっしりと足を押さえつけられた。
「セクハラ!変態!」
「うるさいな」
「離してよバカ!さわんないで!」
ぎゃーぎゃー喚くものの鉢屋はどこ吹く風、足を掴んだままじっとこっちを見つめてくる。わたしは片肘をついて中途半端に体を起こした体勢ののまま、きっと鉢屋を睨み返した。
「あのね、嘘つくならもっとましな嘘つきなさいよ。神様に祟られても知らないよ」
「確かに狐の祟りは強いけどな。自分で自分を祟るような間抜けな神はいないぞ、お前じゃあるまい」
「あっそさすが自称神様鉢屋くんは違いますね〜」
「…信じてないな?」
「ハッ、当たり前でしょ。本当に鉢屋が神様だって言うならもっとそれらしいことの一つでもしてみせろっての」
「それらしいこと?」
「神様はもっと神聖なものでしょ。こんな風に女の子の足わし掴んでにやにやしたりしないと思うわ」
「にやにやなんかしてないが。神だっていろいろいるさ。悪戯好きな神がいるのもごく自然だろ」
「少なくとも鉢屋は神様とはかけ離れた煩悩まみれの中二病にしか見えませんけどね。ほらもう今日のことは忘れてあげるから退いて」
「お前…誓いを結んだ神に対して中二病とは随分な言いようだな」
「だからあんたのどこが神様なのよ。どう見ても自分の世界に酔ってるイタイ奴でしょ」
「…そこまで言うか。ならちょっとだけ見せてやるよ」
「は…」
す、と鉢屋の瞳が細められた。そのまま鉢屋の瞳が、なぜか、どんどん赤くなっていく。え、な、なに?何故か目を逸らそうとしても逸らせない。同時に、鉢屋に押さえられてるところが熱くなる。というか、鉢屋と触れ合ってる足、つまり鉢屋の手?なのか、どんどん熱を帯びて、え、なに、なんなのこれ。
「動くなよ」
「…!?」
鉢屋に動くなと言われた途端、鉢屋を押しのけていた手から力が抜けた。手どころか顔、足、指の一本まで力が入らない。なにこれ金縛り?驚いて鉢屋を見つめるものの、当の本人は相変わらず焦りも何も見せずにわたしに手を伸ばしてくる。
「!」
「じっとしてろって」
首元に滑らされた手に思わず体が跳ねた。が、鉢屋の言葉でまた体は動かなくなり、気にせずするすると首筋を撫でられる。
「ちょ、はち、鉢屋っ?」
「なんだよ」
「なに…して」
「言ったろ、見せてやるって」
言うなり鉢屋はわたしの体にのし掛かってくる。完全に仰向けに倒れたわたしの上で鉢屋が見下ろす。目は依然赤いまま、わたしの体は動かない。なんとか自由な口で鉢屋を止めようとするけれど、罵倒を混ぜながら吠え立てていたら「うるさいな」の言葉と一緒に唇に指を当てられて、思わず心臓が跳ねた。なぞるように動いた指先、それに伴って口が開かなくなる。体の自由も声の自由も制限されて、自分の身に何がおこっているのか、鉢屋が何をしているのか全くわからなくて頭がパニックに陥るが、体を滑る鉢屋の指の動きだけは過剰なほど敏感に感じ取っていた。
「わたしはお前と誓約を結んでから結構我慢してたんだぞ」
誓約?わたしが昔稲荷の神様と結んだあれのこと?
「覚悟決めたんだろ。一生わたしに仕えるって」
だからそれは神様と結んだ誓いであって鉢屋はまるで関係ないじゃない。
「その神様がわたしだって言ってるんだ」
そんなばかな、そう思った瞬間、はっと目が何かを捉えた。ゆらりと揺れる金毛の耳、大きな尻尾。そのどちらもが確かに今自分に伸し掛かる幼馴染の体から生えている。嘘だ、こんなの。
「なのにお前はあっちにふらふらこっちにふらふら…。自分が誰のものかって自覚がなさすぎる」
大袈裟にため息をついて、さらに鉢屋は続ける。わたしは呆然と鉢屋を見つめるしかできない。まってよ頭がついていかない。
「もう頃合いだろう。さすがにこれ以上は黙っていられなくなってな」
頃合いって、これ以上って、そんなの知らない。わたしはわたしのものだし、鉢屋がわたしの何かだなんて、そんなの幼馴染以外ありえない。
「怖がらなくていい、痛いことはしないから」
優しく耳元に落とされた声音だって、たしかにいつもの、幼馴染の声なのに。
するりと服の下に滑り込む手、時々足を擽る柔らかな毛の感触、唇に押し付けられた少し乾燥したそれも、全く馴染みのない全部が、鉢屋のものだなんて信じたくなかった。
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