20
浪人に襲われてから数週間。舳丸くんは順調に回復している。
「舳丸くん、包帯変えようか」
「すみません」
襖を開けると舳丸くんが頭を下げた。その手には繕いかけた網。
「直してたの?」
「はい」
本当に真面目な子だなあ。怪我が良くなるまではとにかく安静に、ゆっくり療養するよう第三共栄丸さんに言われている舳丸くんだけど、まあ誰も彼がただ大人しく寝ているとは思っていなかっただろう。案の定、襲われた三日後、意識が戻った次の日には厨番に立とうとしてお兄さん達に止められていた。そりゃ幾ら何でも無理があるよね。厳しく言い含められたらしい舳丸くんは、部屋でできるお仕事、つまりさっきの網の修繕とか、をしている。怠けるってことをしない、この歳にしてすごいストイックさである。尊敬するぞ本当に。
「薬塗るからね、ちょっと冷たいよ」
つんとする匂いの草薬を塗って、包帯を巻き直す。ちょっと染みるはずだけど、顔には出さない。くるくると腕を回したり、体を動かす舳丸くんは、ふうと息をついた。早く本来の仕事に戻りたいんだろうな。
「こんなに海から離れたのは初めてです」
「そうだよね…」
遠く、海の方を見る視線。申し訳なさが募ってくる。原因、大体私のせいだし。私としても早く海に入ってもらいたいけど、傷が完治するまで少なくとも一月はかかるって言われてしまった。残念だけど、それまではなんとか我慢してもらうしかない。ので、そこで考えたのは、
「ひなたーっ、かいがらみつけたーっ!」
ばーっと波打ち際まで走って行く重くん以下小さい子達。海のお土産を拾って舳丸くんに届けようという作戦だ。安直かもしれないけど、少しでも舳丸くんの慰みになればいいな。
「ひとで!でっかい!」
「わかめたべるかなぁみよにぃ」
浅瀬の浜辺。館からも近く、波も穏やかだし、ここなら何かが起こることはないと判断した。少しでも遠く行くと何かしら起こって迷惑かけるからな…できるだけ身勝手に遠いところは行かないようにしよう、なんて小学生の約束事みたいなことを心の中で誓いながら貝殻を拾っていると、不意に声を掛けられた。振り返ると鬼蜘蛛丸くん。
「舳のやつに見舞いを拾ってるって聞いたので」
「鬼蜘蛛丸くんも拾いに来てくれたの?」
「あ、…ええ、まあ。そんなところです」
「…ん?」
なんか様子がおかしい。ちょっと気まずそうというか、なんだかバツが悪そうというか。
「…………ねえ、もしかして」
「…まあ、気にしないで。拾いましょう」
ぴーん。不自然に目線を逸らした鬼蜘蛛丸くんに何かを感じとる。だってこの時間、まだお仕事あるよね。なのにわざわざこっちに来たってことは、まさか、
「私の見張り?」
「…」
鬼蜘蛛丸くん、無言。じとっと見つめるとばつが悪そうに明後日の方向を向いてしまった。図星ですねこれは。
「み、見張り、かあ…」
「いや、あの、万が一に備えてですよ」
「目を離せない役立たずでごめんね…」
「いえそんな」
「もういっそ館に引きこもってようかな…」
「構いませんよ。ただ舳とお頭がどうしてもって言うものですから」
「え」
共栄丸さんだけじゃなくて、舳丸くんも?
「つける人がいないなら自分が行くと」
「えっ、あの怪我で?」
「先日の件、やられたことが尾を引いてるんですよ」
相当日向さんのこと心配なんですね。鬼蜘蛛丸くんはそう言いながら足元の貝殻を拾った。どうぞと渡された貝殻は赤くて、舳丸くんの髪みたい。キラキラ光っている。
「わたしそんなにほっとけない…?」
「うーん、危なっかしいとは思いますね」
ですよね。一切否定されないところが悲しい。
「あなたが来てから館はいろんな意味で賑やかになりましたよ」
「それもどこかで聞いたなあ…」
「舳のやつも、あの性格だから、面倒見たくなるんでしょう。あなたが歳上でも」
だからって10も下の子にそこまで心配されるのは流石に情けないよね。お守りつけられている現状、何も言えないけど…。でも少し考えればわかることだ、この時代、身近にいる人達は皆いい人ばかりだったから、警戒心が低すぎたんだろう。その結果、舳丸くんをあんな目に合わせてしまったんだから。
「申し訳ないな…」
「あいつは怒ってないと思いますけどね。寧ろその逆だと思いますよ」
「逆?私が愚かすぎて愛想尽かした挙句憎しみを抱いてるってこと?」
「なんでそんなネガティブなんですか。自分のせいでって思ってますよ」
「うーーん」
マモレナカッタ…って言ってたけど、舳丸くんいなかったら私本当にどうなってたかわからないぞ。十分守ってもらったと思いますよ、心身ともに。ストイックさゆえに自分を責めてる節があるけれど、私は舳丸くんに申し訳ない気持ちしかない。責めるなんて以ての外だろう。そして、あんな状況で、刃物を持った男と遣り合おうとするなんて舳丸くんの将来性が怖い。
集めた貝殻やらヒトデやらを舳丸くんのところに持っていくと、優しい目をしてお礼を言われた。ありがとな、と褒められて重くんたちも大喜びである。
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