「前世ってあると思う?」

顔を横に向ければ鉢屋がカレーを食べている。その向こう、さっきから騒がしいテレビの中ではアイドルが「私の前世はうさぎさんで〜」とか言ってキャイキャイしている。

「はは、あるとしてもウサギではないかな」
「はは、お前の前世はゴリラだもんな」

無言で鉢屋の足を踏みつける、その前にさっと足をどかされた。

「怒るなよ、ゴリラが人間になったってんなら立派な進化じゃないか。前世のお前は余程徳を積んだんだな」
「うるさいゴリラがどんな徳を積んだって言うんだよ、第一わたしの前世はゴリラじゃない」

鉢屋はどう考えてもキツネ、可愛いやつじゃなくてチベットスナギツネとかそういう類の。顔もそうだしなんかキツネっぽい雰囲気がある。ひょろ、しゃなり、人を化かす、みたいな雰囲気。

「人を化かすってなんだよ」
「雰囲気だよ雰囲気。鉢屋悪戯好きだし」
「ふーん、ま、ゴリラよりはマシだな」
「だからゴリラじゃないっつーの」

ご馳走さま、そう言ってトレーを持って鉢屋が立ち上がる。さっきまで半分以上残ってた鉢屋のカレーはいつのまにか無くなっていて、わたしも慌ててご飯の残りを口に詰め込む。
今日の講義は午前で終わりだから、食堂でゆっくり昼食をとった後、雷蔵と合流する予定だ。

「そういえば雷蔵は何してるの?雷蔵も午後は講義ないよね」
「先輩に呼び出されたんだと」

鉢屋がついていかないなんて珍しい、つまりは中在家さんからのお誘いなんだろう。中在家さんは雷蔵の高校の時からの先輩、大学でも二人は同じ文学サークルに入っている。ちょうど勧誘ビラがたくさん貼られた廊下を通りかかり、色とりどりのビラが目を惹く。

「鉢屋はサークルとかやんないの?」
「入ってもいいけど。そこまでやりたいものがあるわけでもないしな。お前はどうなんだ」
「うーん、わたしも別に…」

そこまで言いかけてふとあるものに目が縫い付けられた。そのまま足も止まり、先を歩いていた鉢屋が振り返る。

「おい、どうした」
「ダイビングサークルだって、これ」
「ダイビング?やりたいのか?」
「この写真すごく綺麗だなって」

キラキラ光る水面、その下に色とりどりの魚が泳いでいる。

「ああお前海好きだもんな」
「ダイビングはしたことないけどね。へーちょっと面白そう」
「私はごめんだぞ」
「え、なんで」
「肌が焼ける。海水で髪が傷む」
「女子かよ」
「そうそう、俺みたいに箔が付くってもんだぞ?」
「そうだよ鉢屋はもう少し男らしくなったって」

て、あれ?今聞きなれない声が。
ばっと振り返ると日に焼けた肌に白い歯。ゆるっとした、それでいて、せ、せくしーな雰囲気の、見知らぬ男。えっ誰。

「君たちダイビングに興味あるの?」
「えっ…えっと、この写真が綺麗だなって思って」
「はは、そうか!それ俺が撮った写真なんだ。嬉しいなあそう思ってくれて」

にこっと笑う男の人、そのまま簡単に自己紹介されて、義丸さん、という名前と、このサークルの四年生だってことが判明。どうりで日焼けしてらっしゃる。

「君たち一年生?」
「いえ、二年生です、でもサークル入ってなくて」
「お、ならちょうどいいじゃん。興味あるなら今度見学においでよ。ね、連絡教えるからさ」

あれよあれよという間に連絡先を交換してしまった。鉢屋が単純、ちょろい、馬鹿野郎、という目でこちらを見ている。無視だ無視。

「君もダイビングどう?」
「私は興味ないんでいいです」
「ちょ、鉢屋!」

はははと屈託無く笑う義丸さん、生意気な鉢屋の態度にもなんか余裕が見てとれる。

「俺たちのサークルはダイビングだけやってるってわけじゃないんだ。泳ぐのが好きなやつ、魚とるのが好きなやつ、各々海に行って好きなことをするって感じだな。必ずしも潜らないといけないってわけじゃないんだぜ」
「へー、結構自由なんですね」
「とにかく海が好きなやつらが集まったサークルなんだ。日向ちゃん海好きなんだろ?きっと楽しいと思うよ」
「あー、あー…でも、あの」
「こいつ泳げないんすよ」
「なら俺が手取り足取り教えてあげるよ。やさしくやさしくね」

なんて突然妖艶な笑みを浮かべる義丸さんに慌てて首を振る。

「はははっ初心だね〜鉢屋くん彼女大切にしてあげなよ、こんなに可愛いんだからさ」
「彼女じゃないです」
「あれ、違うの」
「こいつを彼女にするくらいならゴリラと付き合います」

おいお前さっきわたしの前世ゴリラ言ってただろうが。その発言矛盾してるぞ。義丸さんの手前ここで鉢屋を殴るのは憚れるけど、あとで覚えとけよ鉢屋…ゴリラの写真送りまくってやるからな。通知の嵐に泣いて詫びろよ。

「お前からの通知切ってるから問題ない」
「心読むな!あと何気にひどい、わたしが泣くぞ」
「…ほんとに付き合ってないの?」

そんな息ぴったりなのに、なんて首を傾げる義丸さんに「ないです」と声がハモる。その様子に一頻り笑った義丸さんは、また連絡するね〜と言い残し去っていった。なんだか明るいお兄さんだったな。

「…チョロい女だな」
「は?」
「簡単に連絡先教えやがって」


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