夢現
「◯◯町ってところなんですが、ご存知ありませんか?」
「うーん、きいたことねぇなあ」
連れられやってきたのは立派なお家。こういう作りのお家、長屋、というんだったかな。ざわざわ賑やかな部屋の前をいくつも通り過ぎ、やってきたのはこのお家の所有者、兵庫第三協栄丸さんというお方の部屋。舳丸くんはじめみんなお頭って言ってたから、どんないかつい人なんだろうと身構えてたけど通された部屋には優しそうなおじさん。案の定着物、でもよかったあんまり怖くなさそう。それにしてもなんのお頭なんだろう。
ここまでの事情を説明し、文無し濡れ鼠のわたしを不憫に思ったのだろう共栄丸さんは快く一泊していくことを許可してくれた。ついでにこの辺一帯に詳しいという協栄丸さんに尋ねてみたが、やはり私の家はわからず。
「すまねぇなあ、力になってやらなくてよ」
「いえそんな。かなり流されてしまったみたいですし、ご存知なくても仕方ないです」
「◯◯町ねぇ…。この辺の港は一通り回ってるしよぉ、しらねぇなんてことねぇと思うんだが…。ま、とりあえず今日はうちに泊まっていくといい。疲れただろ、ゆっくり休んでいってくれ」
「ありがとうございます、助かります」
優しく笑ってくれる協栄丸さん。でもこの辺り一帯に詳しい協栄丸さんがご存知ないとなるといよいよわたしの行く末が不安になる。ううん、仕方ない最終手段だ。
「それで、あの、申し訳ないんですが、どなたか携帯を貸して頂けませんか?現在地がわかれば明日すぐ出ていくので」
見ず知らずの他人の携帯を借りるのはちょっと、いやかなり申し訳ないけど誰もわたしの町を知らないならこれが一番手っ取り早いだろう。携帯で現在地と地図を見せてもらって帰ろう。今日たどり着けなくても幸い明日は仕事は休み。明後日までに帰れればなんとでもなる。
「携帯?何を携帯するんだ」
「え?携帯電話、です。スマホでも構いませんが…」
「すまほ…?」
頭にはてな。今日二度目。
「すまほってなあなんだい?」
「えっ、スマホ?つまり、あの、電話なんですが…」
「でんわ?」
ダメだ通じてない。後ろに控えていた疾風さんたちも怪訝な顔をしている。一応警察とか交番ってワードも出したけど同じ反応。どういうこと?舳丸くんみたいな子どもならともかく、大人に通じないって流石におかしい。いくら辺境の地だとしても警察、電話くらい知ってるだろう、と、そこまで考えてふと思い出す。さっき、疾風さんに時間を尋ねたら「もうすぐ酉の刻だ」と言われた。とり?それって十二時辰だったかな、つまり午後五時前ってこと、だけどどうしてそんな言い方するんだろう、服装も相まってますます時代劇みたいだ。さっきのやりとりでそう思った。
そう、時代劇みたいだって。
なんだか嫌な予感がしたが、咄嗟に茶を濁す。
「なんでもないです、すみません。ちょっと、疲れてて」
ははは、と笑えば協栄丸さんも納得はしていないらしいがとりあえずは頷いてくれた。
「風呂と飯はすぐ準備できるからな、疾風、離れに連れてってやれ」
「へい」
ぺこりと頭を下げて部屋を出る。とりあえず寝床は確保できた、一安心。さすがにしらない土地で野宿は嫌だ。と、ひっそり安堵の息をつくと廊下の隅に舳丸くんが突っ立っていた。何してるのこんなところで。舳丸くん、疾風さんとわたしを視界に捉えるなりぴっと背筋が伸びる。
「どうしたみよ」
疾風さんが尋ねるものの、舳丸くんはなにかを口ごもっている様子。ちらちらこちらを見やるので首を傾げてみせるとぐっと唇を噛んだ。なんだろう、わたしに何か言いたいことでもあるのか?
「舳丸くん、どうしたの」
「…家、わかりましたか」
「え?あ、ううん、まだわからなかったよ。また明日改めて探してみるね」
「そう、ですか」
わたしの家の心配をしてくれているのだろうか。にしてはなんかきょどっているような、でもそれだけきくと舳丸くんはさっと踵を返してしまった。わたしも疾風さんもぽかんとその姿を見送る。なんだったんだろう。
連れていかれた部屋は他の部屋とは離れたこじんまりした一室だった。母屋からはちょっと離れてて、素性の知れない人間を一晩おくにはちょうど良い部屋なんだろう。その辺りは当然まだ警戒されてるらしい、仕方ないことだ。お風呂は母屋にしかないので、そこまで案内してもらってからまた部屋に戻る。お風呂も古風、当然シャワーなんてなかった。案の定湯上りは着物で、なんとか着付けて部屋で一息ついていると部屋の外から声がかけられた。
「日向さん、入っていい?」
「あ、どうぞー」
すらっと襖を開けて入ってきたのは義丸くん、ご飯を持ってきてくれたらしい。目の前に置かれた御膳にはお魚料理がキラキラ光っている。とても美味しそうだ。
「どうぞ、水軍自慢の夕餉だよー」
「ありがとう義丸くん」
早速手を合わせて、魚の煮付けに箸を伸ばす。うーんおいしい、味もよくしみてる。海が近いこともあって海鮮が豊富なんだね、いくらでも食べられちゃうよ。ぱくぱくご飯を口に運ぶわたしを見つめる義丸くん、ところですいぐんてなに?そう聞けば驚いた顔をする。
「日向さん兵庫水軍を知らないの?」
「兵庫?はしってるけど水軍ていうのはよくわからないな」
俺たちこの辺じゃ有名なのに…ちょっとショックを受けたらしい義丸くんは、けれどすぐ気を持ち直して水軍について説明してくれた。途中「海賊」なんて物騒なことも言うからちょっと驚いたけど、商船の警備とか水産業?を営んでるらしい。
「護衛とかするの?」
「そうだよ、この辺の海は穏やかだけど、もう少し外界に行けば賊もうようよいるからさ。俺たちが警備するってわけ」
なるほどねえ、海のガードマンってところかな。そしてこの水軍館は兵庫水軍のみなさんのお家なんだって。そのトップに君臨してるのが第三協栄丸さんというわけね。だからお頭なんだね。
にしても兵庫水軍知らないなんてほんと日向さんどこから来たの?なんて言われても苦笑いして首を傾げるしかできない、それはわたしも知りたい。いつのまにか敬語も取れた義丸くんとお話ししながらご飯を食べ終わると、義丸くんはまた明日ねと言って御膳と一緒に部屋を出て行った。
一人残されたわたしはくるりと部屋を見回す。コンセントどころか電球もない。光源は行灯と月明かりくらいだ。用意された布団を敷いた後は特にすることもなくぼーっとしていると、ふと思い出して袂を弄る。ころりと掌に転がるお地蔵さん、結局おばあさんに返すどころではなくなってしまったなあ。ぱたっと体を倒してお地蔵さんを見つめる。お地蔵さんの穏やかな表情を見ているうちに、疲労やらなにやらもあっていつのまにかわたしは眠ってしまっていた。
「夢じゃないからの」
はっと目を開けると砂浜。ざーんと波の寄せる音。今の声は?辺りを見回すと背後で笑い声がした。
「こっちじゃこっち」
振り返ればあのおばあさん。慌てて懐を探り、お地蔵さんを差し出す。
「おばあさん、これ落としませんでした?」
おばあさんはお地蔵さんとわたしの顔を見比べるとにーっと笑った。
「これを届けにこんなとこまで?」
「おばあさんの大事なものじゃないんですか?」
「大事なものさ、だから置いてきたんだよ」
どういうことでしょう?首をかしげるとおばあさんは悪戯っぽく笑う。
「あんたが親切にしてくれたからねえ、ちょっとした贈り物だよ」
「贈り物?」
「あんたが今いるところは大昔の◯◯町さ」
「え」
なんですと?突然の事実に驚きを隠せない。おばあさんはますます楽しそうなご様子。
「あんたの時間は止まってるから、安心おし」
「じ、時間?」
「戻ったとしても向こうの世界は元のまんまだ、気にしなくていいよ」
「いえ、あの…おっしゃってる意味がわかりません」
「わかってるだろう、あんたが今いるところは夢だけど夢じゃないんだよ。ちゃあんと実在する世界さ」
「実在って…あのとりあえず、このお地蔵さんはお返ししますから」
すと手を出した、ら、いつのまにかおばあさんはわたしの背後に。え、どういうこと?瞬間移動?ひっひっひと笑い声が上がる。
「それはあんたの世界とこっちの世界をつなぐ大事なお地蔵さんなんだよ、返しちまったら帰ってこれなくなる。大事におし」
「帰ってこれなくなるって、あの、わたしはもう今すぐにでも家に帰りたいんですが」
まあまあそう急がずゆっくり楽しみな、そういうなりおばあさんの姿が歪む。慌てて手を伸ばすけどふわっと霞のように霧散してしまった。どこからか聞こえる笑い声だけが響き渡って、気付いた時にはわたしは布団の上。
「…はっ朝か」
変な夢を見たなあ。…夢だよね?目をこすりこすり体を起こす。時計がないから今が何時かはわからないけど、だいぶ早い時間に目が覚めたみたいだ。そっと襖を開ければ冷たい空気が部屋に流れ込んでくる。空はうすら明るい。はあ、いい朝だなあ。
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