みんなにはナイショだよ


「おはようございます」
「あ、おはよう」

布団を畳んでいたら外からかかる声。顔を覗かせたのは舳丸くん。彼も相当な早起きらしい、眠気など微塵も感じさせない顔をしている。朝型なのかな。

「朝は兄ぃ達があみをひくので」
「ああ、なるほどね。漁もするって義丸くん言ってたもんなぁ」

舳丸くんは?まだ行かないの?そう聞けば朝餉を出したらいきますと言われた、わたしの朝食持ってきてくれたんだ、ありがとう。朝ごはんはアオサのお味噌汁と焼き魚、卵焼き。いいねー理想の朝ごはんだよ。
御膳と一緒にお茶を受け取ったところで、ふと昨日のことを思い出した。ここにきてから疾風さんと義丸くんに協栄丸さんのお部屋とかお風呂に連れて行ってもらって、舳丸くんにはちゃんとお礼言ってなかったなあ。ちょうどいい機会だ、お礼言っておこう。

「舳丸くん昨日はいろいろありがとうございました。君に会えてなかったらわたし今頃海で干からびるか凍りつくかしてたかもしれない」
「おれはなにもしてません」
「ううん、そんなことないよ、舳丸くんに助けられた。本当にありがとうね」
「…いえ」
「それで、昨日の夜だけど、わたしに何か用事があった?」

ぴくっと肩が跳ね、戸惑いがちに舳丸くんがこちらをみる。やっぱり何か言いたいことがあったんだろう、昨日は何となく横にいる疾風さんを気にしているようだったので、ついでに今聞いてみようと思ったのだ。

「いや、なにも…」
「ほんと?なんでも言ってごらん」
「……」

目がゆらゆらしてる、言うか言わまいか悩んでる様子。もう一回なんでもいってごらん、優しく声をかけるものの元からの信頼がないせいか舳丸くん無言。視線を合わせてみるとぱっ逸らされた。地味に傷つく。が、こういうしつこい態度が怪しい人に見られる要因なのかもしれない。

「あー、ごめん、勘違いだったならいいんだ」

うーん子どもってあんまり接したことないから扱い方がよくわからないよ。ここは大人しく引き下がろう、本当に勘違いだったなら舳丸くんに迷惑だ。気を取り直して受け取った朝食に手を合わせる。さてとお箸を取ろうとしたところで、ふと舳丸くんが口を開いた。

「きのう」
「え」
「きのうのこと、だれかにいいますか」

昨日のこと誰かに言いますか?小さい声だったけどたしかにそう聞こえた。でも言われた意味がよくわからない。

「昨日のことって?」
「…!なんでもないです、忘れてください」
「え?」
「食べ終わったら外に出しといてください」

いうなり舳丸くんは踵を返して部屋を出て行ってしまった。なんのこと?しばし逡巡するものの、思い当たる節はない。舳丸くんのなにか良くないところでも目撃してしまったんだろうか、そんなところ心当たりないけど。ただ岩場で寝てるわたしを起こして町まで連れて行ってくれただけ…じゃないか。うーんよくわからない。というか舳丸くんこそ昨日はあんな辺鄙な海岸で何をしていたんだろう。
考えてもわからない、なら先にご飯を食べてしまおう。手をつけたご飯はまさに絶品。見た目に違わずかなりのおいしさでした。ご馳走さまです。

言われた通り御膳は部屋の外に置いておく。空もだいぶ明るくなってきた。うーんと一つ伸びをしてから廊下に顔を出す。誰もいない。母屋の方は騒がしい、ちょっと行ってみたいけどあんまりウロウロするのもよくないか。寝間着だし。大人しく部屋にいよう。することもなくお地蔵さんを手にしたまましばらくぼーっとしているとどたどたと足音が近づいてきた。そのままパンっと声もかけずに勢いよく襖が開いた。

「日向おはよう!」
「協栄丸さん、おはようございます」

やってきてのは協栄丸さんだった。どっかと腰を下ろした協栄丸さんの後ろには見知らぬ男の人。どなたでしょう。とりあえず会釈だけしておく。それに気付いた協栄丸さんが「由良四郎だ」と紹介し、軽く自己紹介。由良四郎さんも目に剣呑なものがあるというか、わたしを警戒しているっぽい目つき。どうせ今日にも出て行くんだからそんなに怖い目しなくてもいいのになあ。協栄丸さんはそのままあれこれ説明をはじめた。どうやらわたしの住んでいた町はこの辺ではないと推測し、違う地方の町を探すのにいくつか伝手を当たってくれるそうだ。

「遠くの土地なら俺たちが知らないってこともあるからな。遠方の得意先に聞いてみよう」
「ありがとうございます、お願いします」
「俺たちは今日の昼頃から出かけるからよ。そうだ、日向も関所に行ってみてくれるか。案内を誰かつけておく」
「わ、わかりました」
「今日わからなくても家が見つかるまではここにいてくれて構わん、まあゆっくりしててくれ」

関所、か。たぶん役所とか、なんかそういう感じのところだよね。一瞬今朝見た夢の「大昔」だなんて言葉が頭をよぎる、けどすぐにその言葉は打ち消す。そんなことありえないし、あれは夢です。
にしても協栄丸さんいい人だなあ。見ず知らずの人間なのに、ここまで面倒見てくれるなんて。ありがたさと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。せめて何かお礼を、といえばガハハと豪快に笑う。

「気にすんな、困った時はお互い様だろ!」
「でも、家の場所だけじゃなくて寝る場所やらなにやら施しをいただいて、このまま何もせず帰るなんてできませんよ」
「そうか?日向は真面目だなあ」
「力になれることがあれば何でもします。何かお手伝いできることはありませんか?」
「うーん、そうだな。そこまでいうならちょっと仕事を手伝ってもらおうか」

よし、さすがにここまでしてもらって何も返せないって言うのは気がひけるからね、何かしらお手伝いさせていただけるのは嬉しい。渡された着流しに着替えてから庭にでる。そこには洗濯物の山山山。お手伝いの王道ですね…にしてもこの量はなんなんだ。

「水軍館は基本的に女手がねぇからな。炊事洗濯掃除なんでも自分たちでやるんだが、先の船出から帰ってきたやつらの洗濯なんかはとにかく量が多くて骨が折れる」
「だからこの量なんですね…」
「てめえの着るもんの洗濯くらいてめえでやれといいたいとこだが、帰ってきた奴らも疲労してるからよ。陸に残った若い衆が洗ってやるんだ」

頼んだぜと去って行く協栄丸さん達を見送り洗濯物に向き直る。何人何日分なんだこれは。まあいいや、多い方がやり甲斐もあるというものだ。
じゃぶじゃぶ、桶と洗濯板で着物を擦る。外だし水も冷たいし、寒い。うーん、昔の人って大変だったんだね。今じゃ洗濯機にぽいして洗剤入れてぴっで終わりだもんなあ。文明の進化ってすごいぞ。
にしても袖が邪魔だ。襷掛け?っていうのを見よう見まねでやってみたけど、どうも緩いようで袖がずり落ちてくる。いっそ上だけ着崩しちゃおうかな、下には乾かしといたTシャツ着てるし。
一度手を止めてもぞもぞしていると、

「日向さん何してるの?」
「わっ」

ぴたっと背中にくっついてきたのは義丸くん。足音とか全く聞こえなかったぞ。

「びっくりした…驚かさないでね」
「ごめんごめん、無防備だったからいたずらしたくなっちゃった」

にこにこっと笑う義丸くんを背中からひっぺがす。昨日から彼は人懐っこいというか、距離が近い。

「洗濯中?お客さんなんだからゆっくりしてればいいいのに」
「や、そういうわけにはいかないよ」
「えらいねえ日向さん」

よしよしと頭を撫でられる。わたし義丸くんより年上なんだけどな。まあいいか、そういえば漁はどうだったんだろう、きいてみればにっとVサインを出された。よく取れたらしい、それは何よりだ。

「にしてもそのままだと袖濡れちゃうだろ。ちゃんと括らないと」
「あー…うん。たすき掛けしてみたんだけど、うまくいかなくて」

そうなの?貸してごらんと自然な動作で着物から紐を取り去った義丸君はするするとたすき掛けをしてくれた。おお、すごい、全然ずり落ちてこない。

「わーお見事。ありがとう」
「ははは、どういたしまして。これくらいのことで褒めないでよ」
「義丸くん器用だねー」

これくらい誰でもできるって、そういいながら隣に腰を下ろした義丸くん、また素早く自分の着物の裾をあげると桶に手を突っ込む。

「あ、いいよ義丸くん。わたしがやるから」
「何言ってんだ、女子一人に任せられねぇよ」
「漁から帰ってきたところでしょ?お疲れじゃないの?」
「海の男はそれくらいじゃ疲れません」

ざふざぶと慣れた手つきで着物が洗われていく。由良四郎さんが若い衆の仕事って言ってたし、義丸くんもよく洗濯するんだろうか。

「今回は船にのらなかったからね。陸で留守番してた若いやつが洗濯やら掃除やらやるわけ」
「若い人は船に乗せてもらえないの?」
「そういうわけじゃないけど。四功と手練れの兄貴たちは毎回乗ってるぜ。まあ俺たちはまだまだひよっこだからさ、毎回乗せてもらえるとは限らねぇんだ」

船に乗って、戦果を挙げることが名誉らしい。けど、その船に乗せてもらうってことが難しいんだそうだ。

「俺と鬼蜘蛛丸ってやつは若衆の中でも船に乗せてもらえることが多いんだ。で、今回は鬼のやつの番だったってわけさ」
「へー、疾風さんとか由良四郎さんは?」
「兄貴たちは毎回乗ってる。次期四功候補だよ」

四功、ざっくり言えば船のお偉いさん。らしい。

「それはざっくりしすぎだけど、まあそんなところかね」
「なるほど。あ、じゃあ舳丸くんは?」
「舳丸?あいつも最近はかなりいい線いってるけどなあ。でも未だガキだし。船に乗せるにはまだちっと早いかね」

水練としての才能は凄いんだけどなあ、そう呟いて義丸くんがクスクス笑う。

「日向さん昨日溺れて岸に打ち上げられてたんだろ?ついでに泳ぎ教えてもらったら?」
「え?」
「あいつ本当に泳ぎ上手いからなあ〜、あ、俺に手取り足取り教えて欲しいってことなら喜んで」

に、と妖艶に笑う義丸くん。ははは、丁重にお断りしておきます。
泳ぎか、てことは昨日も舳丸くんはあのへんの海岸で泳いでいたんだろうか。あの海は水流も速いし人もいないし、集中して泳ぎの練習するにはいいかもだけどちょっと危なくないかな?このお家から見えるところにも海はあるのにわざわざ遠い海岸の海に行くなんて何か理由でもあるのかな。
…にしても打ち上げられてたて。はたから見ればそうかもしれないけど魚じゃないんだから。その表現はどうかと思いますよ。
気付けば洗濯物の山はすっかり片付いていた。洗った着物は義丸くんの手でしっかり水気を切られていく。義丸くん手際いいな、見習わねば。

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