初恋3
「日向…」
ああ、出会ってしまった。
たしかにわたしの姿を捉えて、その瞳が目一杯見開かれた。
手の届くところに、いる。ずっと待ち望んでいた、だいすきな人が。
血に濡れた男の傷を見遣れば、かなりの出血だった。「あの時」とは真逆。それでも強い瞳で見上げてくる男の意思は揺らいでいない。変わったのは、おそらく、
あの時よりもたくさんの仲間と、国民と、そして、きっと、たった1人の大切な。
頭の中の想像を、咳き込む声が吹き飛ばした。苦しそうな呼吸と血を吐いた男は、まさに虫の息。足元に転がる剣を拾い上げる。男は一瞬反応したけれど、ただ私を見上げるだけだった。
「日向、離れろ」
足が竦む。
冷たい雨が肩を打つ。
姿を目にしただけで、声を聞いただけで、こんなにも鼓動が速くなる。
勝手にこみ上げる涙が、わたしに知らせている。
これが、初恋だと。
そして、彼との最後だと。
「日向…?」
愕然と見開かれた瞳。男を庇うように立ち塞がり、剣を握る私に、彼は絶句した。
「どう、して」
困惑、絶望、悲哀。
明らかに動揺した声に、信じられないというような視線に、足が震えそうになる。
「日向…迎えに、来たんだ」
やめて。
「ずっと、1人にしてすまなかった」
やめてよ。
「日向、一緒に、帰ろう」
お願いだから、泣きそうな顔なんて、しないで。
胸が引き絞られるように痛む。背後の男がわたしの名前を呼んだ。ちら、と視線だけ振り返ると、想像以上に驚いているようだった。
私たちの様子に気がついたのか、彼の怒りは一気に背後の男に向けられる。圧倒されるほどの殺気。
何をしたと吠えかかるけれど、男は何も言わずにわたしを腕の中に引き寄せる。そんな姿を目の当たりにして、激昂した彼がこちらに切り掛かってくるのがわかった。男は鮮やかな所作でわたしの手にあった剣を掠め取ると、しっかりと彼の刃先をいなしてみせる。
そのまま彼の刃を弾くと、私を抱えたまますぐさま男は後退した。
「日向!!」
縋るような声だった。苦しくなる声だった。
それでも、背を向けたわたしは振り返らない。
どうして、こうなってしまったんだろう。
「何故」
男はそう聞いた。答える気になどなるはずがなかった。黙って男の傷の手当てをすると、男もただ黙ってそれを見守り、それ以上問い詰められることはなかった。治療箱を片付けると、どっと疲れが押し寄せる。思っていた以上に疲れていたようで、ぼすりとベッドに腰掛けた。開け放しの窓から冷たい風が吹く。意識しなくてもさっきまでの情景がぐるぐると頭の中を巡って、気がついた時には自然に涙が溢れていた。
「う、あ、ああ」
後悔?哀惜?憎悪?わからない。いろいろな感情がごちゃごちゃと溢れて、嗚咽に変わる。人前で声を上げて泣くなんて初めてだった。次から次へと溢れて止まらない。
もう二度と戻れない。決めたのは自分だ。でも、それでも。あの眼差しも、声も、温もりも。全部。
たしかにわたしの初恋だった。
隣の男は笑うでも慰めるでもなく、ただ私の掌を強く握っていたのだった。
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