バース
酷い匂いだ。発情した獣から発せられる濃い性の匂い。己の番が、己を誘う為だけにその匂いを発していると思えばそれだけで腰に痺れが走る。
荒い息だけが聞こえてくる。ちら、と目をやった箪笥はきっちりと閉まっていた。発情期の彼らは番の衣服で巣作りを行うという、だが己の服が散らかされた様子はない。巣作りは行わないのか、そう問いかけたところで返事はないのも、それも分かりきったことだ。番の匂いの染み付いた衣服の代わりだろう、幾重にも重なった布団はまるで中のものを守り、他者を寄せ付けないための砦のようだ。
「日向、帰ったぞ」
そっと布団の塊に近づく。足を折って布団に触れてみると、びくりと反応した。顔どころか声も出さない、いつものこととはいえ感心してしまう。発情期のくせに、と。
「ほら、顔を見せてくれ」
ぐっと布団を引っ張ると、抵抗を感じた。捲れない布団に痺れを切らして、恐らく下半身を隠しているであろう方を剥ぎ取る。推測通り現れた肌は慌てたように残った布団に引っ込む。けれどそれを見過ごすわけもなく、がしりと足首を掴めばびくっと体が硬直した。一瞬だ、すぐさま全てを取り去れば、一層匂いが濃くなった。
「ただいま、日向」
「…」
手負いの獣のように荒い息を吐き、こちらを睨みつけるのは世界に唯一の己の番。愛おしくて堪らない、最愛の相手。おそらく向こうはそんなこと微塵も思っていないだろうが。それも承知の上で微笑みかければぐっと日向の喉が鳴る。荒い呼吸に赤い頬、潤んだ瞳。雄を誘う雌の姿。だが日向の心は違う。己の番は驚異的な精神力でその性に抗っていた。頬を撫でようとすればばしっとはたき落とされた。すぐさま体勢を立て直して俺から距離を取ると、威嚇するようにふうっと息をついた。いよいよ獣じみている。
「おいで。楽にしてやろう」
「…だれ、が」
本能と理性の間で揺れる意識。オメガという性にありながら、この女は信じられぬほど強靭な意志でその性に対抗している。確かに情欲が見て取れる顔をしているくせに、決して屈しようとはしない。その女を快楽の底に叩き落とすのが楽しみでならない。無意識に口元が弧を描く、その様子を見て日向はますます険しい顔になった。熱で動きが鈍っている日向を捉えることなど赤子の手を捻るようなものだ。苦もなく押し倒すと日向がはっと息を呑み、嫌だと喚きながらバタバタと暴れた。意識して己の匂いを濃くすると、びくっと組み敷いた体が跳ね上がる。笑みが深くなるのを止められない。
「ほら、直接嗅ぎなさい」
「あっ、ァ!」
ぐいと彼女の頭を抱えて首筋に埋める。ぶわりと香るアルファの性の匂い。掴まれた隊服にぎゅうっとシワがよる。彼女の理性を砕くには十分だろう。いくら強靭な精神力であっても、アルファに逆らうことなどもとより出来るはずがない。それは最初から彼女だってわかっているはずなのに、毎回毎回こうして抵抗してくる。それがいかにも哀れで、愚かで、愛おしい。俺の最愛の妻。見下ろせば腕の中で震えながらこちらを見上げている。はっはっと荒い息が、欲にまみれた瞳が、何を求めているか、手に取るようにわかった。望み通り深く口付けてやれば、縋っていた手は俺の背に回された。
「初めから素直になればいいものを」
呟けば最後の反抗とでも言うように日向が首筋に噛み付いた。
「ぅ、ああ、ン」
「はッ、出すぞ」
「やァッ!やめ、やあああッ!」
どくり、彼女の中で自身が脈打つ。どくどくと注ぎ込まれる熱、日向は息絶え絶えに体を震わせていた。ぐずぐずと涙を零して震える女の姿に、腹の底からまた熱が上がる。敏感にその感触を感じ取った日向は、びくりと体を跳ねさせると、弱々しく体を捩った。なんとか布団の上をずり上がり、逃げようとしているらしい。面白いと見守りながら、戯れに繋がりっぱなしの腰を軽く揺すってやれば、ひっと鼻にかかった声を上げて布団に顔を埋めてしまった。握りしめた拳が震えている、なんとか快楽をやり過ごそうとしているらしく、そんな様を見ればますます虐めたくなってしまう。背筋を撫でるとそれだけでも大袈裟なほど体が跳ねた。こうも快楽を拾う淫らで愛おしい体。それでもなお俺から離れようとする。懲りないやつだ。
「日向」
「ぃや…あ」
「日向、こちらを向け」
俯せの姿勢から、顔だけをこちらに振り向かせる。眉間にシワがよるが、こちらを向かない日向が悪い。俺の行動を予見したのか、固く閉じられた唇に噛み付く。だがそれも無駄な足掻きだ。同時にうなじを撫でてやれば瞬く間にとろりとその瞳が甘く蕩け、同じように柔くなった唇と舌を味わう。すっかりこちらを向いてはふはふと口吸いの合間に懸命に息をする、それ以外はぴたりと合わさって離れない。オメガとはなんと色欲に従順な生き物なのだろうか。
「よしよし、いい子だな」
朝まで、うんと気持ちよくしてやるから。
耳元で囁けば、期待に満ちた瞳で見上げてくる。無意識だろうか、彼女の腰が揺らめくのに誘われる。
息だけで紡がれた、自分のものではない名前。
「君の運命の番は誰だ?」
「あっ、いやぁッ!」
「答えろ」
「ひ、ィッ、ああああ!」
必死に首を振る。認めたくないという意志の表れ、だがそれは裏を返せば現実を知っているということだ。
「なあ、俺たちは番になっただろう」
「やだ、いや…あ」
「君の番は、この煉獄杏寿郎だ」
日向はもはや喘ぐだけで精一杯のようだ。次々に与えられる快楽に頭がついていかないのか、ただただ苦しげに喘ぐ姿に興奮を煽られるのだから収まりがつかない。ふうと息をついて腰を抱え直すと、日向がひっと息を飲んだ。
「も…やめ…いや」
「いや?ここを、こんなにしているのに」
結合部がぐちりと酷い音を立てる。
「あ、あ…た、すけて…」
「はは、怖がらずとも俺がそばにいる。心配するな」
空に伸ばされた手に己の手を重ねて引き寄せる。
「あ、あぐ、」
中で角度が変えると、鋭敏にその感覚を拾い上げる体。作り替えたのは他でもない己である。快楽など知らない真白い体を染め上げ、自分のものにした。彼女の運命をこの手に握り、今、さらにその理を捻じ曲げようとしている。
「出すぞ」
「や、あ…ァ」
口では否定しながら体は歓喜するように俺を締め付けて離さない。その足だって強請るように腰に回されている。オメガという性と、日向という理性。両者がぶつかり、心と体がバラバラになって、日向自身訳が分からなくなっているのだろう。それでもこれ以上は許してはいけないと理性が告げるのか、抵抗しようとする日向があまりに哀れで、愚かしく、愛しい。みるみる頭を擡げていく己の残酷さを隠しきれず、口角が上がる。彼女が縋ろうとする希望を打ち砕くように腰を打ちつけ、日向の唇に噛みついた。
「孕め、俺の子を」
「あ、い、やァ!」
精を注いだ腹をゆっくりと撫でる。力なく手を叩かれた。ふらりと立ち上がろうとする日向。酷使した体では起き上がるのもやっとだろうに、覚束ない足取りで襖に手をかける。出さなきゃ、呟かれた掠れた声に手を掴むとびくりと肩が跳ねた。
「どこへ行く?」
「ッ、…はァ」
どくどくと掴んだ手首から感じる鼓動は速い。なんとか腕を引こうと日向が体の向きを変えた時、剥き出しの腿にとろりと白い液体が垂れた。硬直する日向に溜息をつく。
「零してはいけないだろう」
「や、いや…」
「もう一度だ、日向」
絶望的な顔でこちらを見つめる日向を再び布団に引き倒す。
「この腹に子を宿すまで、離してはやれんな」
もっとも、子を孕んだからといって逃してやる気など毛頭ないのだが。早く堕ちてこい、そう囁きかければ、日向の瞳が閉じられた。
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