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「ハンク!」

振り返れば見慣れない女がこちらに笑顔を向けている。名前を呼ばれたハンクと言えば、目を丸くして女を凝視していた。

「日向?」
「久しぶり!会いたかった」

駆け寄ってきて迷うことなくハグを求められ、やれやれとそれに応えてやれば女はますます嬉しそうに笑った。
誰だ?ハンクの表情から察するに、旧友、知人、かつての同僚?静かにスキャンを実行する。日向・カナタ。日本人。ミシガン州警、デトロイト市警所属。階級は巡査部長。犯罪歴、無し。
スキャンする私には目もくれず、日向なる人物は幸福そうな表情を浮かべ目を閉じた。離れ際に名残惜しいのかハンクの手を握り、ハンクは苦笑いしながら手を引く。

「なんでここに?州警になったはずだろ」
「二年間だけね。任期が終わったから帰ってきたの。また今日からデトロイト市警!」

嬉しそうに胸を張って女は答えた。まるでハンクのことしか目に入っていない様子の彼女はにこにこと笑ったまま続けた。

「これから署に行って署長に挨拶してくるね。それからお仕事ももらってくる」
「早速か。熱心だな」
「当たり前!またハンクと仕事できるんだから」

楽しみ、とそこまで言いかけて、ふと彼女の視線がこっちを向いた。初めて気付いたといわんばかりに彼女の目が丸くなる。

「ハンク、こちらの方は?」
「ああ、コナーだ。サイバーライフから派遣されたアンドロイド」
「アンドロイド?」

ますます驚きといった様子でこちらを見つめるダークブラウンの瞳。わずかに動揺が見て取れた。

「ハンクとアンドロイドが一緒に?どうして…」
「色々あってな。ま、俺のアンドロイド嫌いも少しは克服されたわけだ」
「克服って…まさか、一緒に組んでるの?」
「ああ」

ハンクと私を交互に見つめる日向。きょろきょろと行ったり来たりだったそれは、私のところでピタと止まる。じっと見つめる、何か言いたげな瞳。紹介はされたが、改めて自己紹介しておこう。

「サイバーライフから派遣された操作補佐専門モデルのRK800、コナーです。よろしく」
「………日向です。よろしく」

ぎこちなく握られた掌はすぐ離された。その視線が、戸惑い、困惑、それから…わずかな敵意を持っているように見えたのは気のせいだろうか?
ハンクに向き直った日向は、それじゃあ後で、と残して歩き出した。残された我々はその後ろ姿を見送りながらふむと腕を組んだ。

「日向って言うんだ。2年前までここにいた」
「データベースを参照しました。州警の出向から戻ってきたんですね」
「どう思う?」
「どう、とは?」
「率直な感想だよ」
「そうですね、あなたにとても友好的で…私のことは目にも入らなかったようです」
「だよな…全く、変わってねぇなぁ」

頬をかきながらハンバーガーを平らげると、ハンクは俺たちもそろそろ行くかと車のキーを取り出した。




捜査を終え、署に戻る。と、なにやら騒がしい。なんだ?ギャビンがだれかと喧嘩か?と首を傾げつつオフィスへ入ると、騒ぎはどうやら署長室で起こっているらしい。今しがた戻って事態が飲み込めない我々に、クリスが指を指す。中には署長と先ほどの女、日向。やはり言い争っている様子だ。

「何してんだ?あいつら?」
「さあ。配属のことで揉めてるようです」

周りの職員も興味深げにそちらを見つめる中、業を煮やしたらしいジェフェリーが部屋の外へ出てきた。頭をかきむしっている、ストレス値がかなり高い。近寄らない方が賢明だろう、そうハンクに伝えようとしたところでジェフェリーがこっちを向いた。あからさまに嫌な顔をしたものの、すぐため息をついてこちらに近寄ってくる。

「ハンク、少しいいか?」

ハンクはちらりとこっちを見た。面倒事を押し付けられそうだ、のアイコンタクト。苦笑いを返す。

「日向が州警の研修から戻ってきた。今日からまたデトロイト市警で働いてもらうことになる」
「ああ、聞いたよ」
「日向にはアンドロイド絡みの案件を担当させるが、件の情報を教えてやってくれ」
「なに?…そりゃ俺と組めってことか?」

いや、とジェフェリーは首を振った。日向!と大声で呼ばれ、日向が仏頂面で署長室から出てくる。我々の方に来ると、また一瞬挑むような目つきで私をみた。なんだ?やたら威圧的だな。対アンドロイドに向けた人間の態度としては珍しくもないが、そういう意味では出会ったばかりの頃のハンクと似ているかもしれない。

「日向にはコナーと組んでもらう」
「…は?」
「…私、ですか」

ハンクが見事に破顔する。僅かに首を傾げる目の前で、日向がすぐさま抗議した。

「待ってください、戻ってきたらハンクと組む約束でした」
「なに?そんな約束した覚えはないぞ」
「だから州警への研修に行ったんですよ、2年間も!話が違います」
「待て、そもそもコナーと組むってのはどういうことだ?俺もコナーも承諾してねぇぞ」
「ハンクも日向もわかるだろう。アンドロイド絡みの犯罪率は顕著に上昇傾向にある、署として対応に追われているんだ。特に日向、お前はアンドロイドの犯罪についても研修を受けてきただろう。それは何のためだ?」
「それは…でもわたしはハンクと」
「個人の我儘をきけるほどの余裕はないんだ。大人しく捜査に集中してくれ」
「我儘だあ?だからって横暴だろう、コンビ解消だなんて一言も聞いてない」

コンビという言葉に日向がぴくりと反応する。また私に向けられる敵意が顕著になる。

「ハンク、そんなにこの人が気に入ったの?」
「あ?気に入ったもなにも…一緒にやってきたわけだからな、そう簡単に解消って言われて納得できるか」

くいと指さされた先にいた私を見て日向は目を細める。

「どうして?前は誰ともコンビなんて組まなかったのに」
「色々あったっていったろ。こいつとは不思議とうまくやってるんだよ」
「それなら今度はわたしと組んでよ。わたし、ハンクと組むためにこの2年間頑張ったんだよ」
「そう言われてもなあ。俺もコナーと離れることになるわけだろ」
「……嫌なの?」

日向の声に驚きが混ざる。

「嫌とは違うが…まあ、相棒みたいなもんだからな」
「相棒?」

さらに驚愕の表情。目を見開いた日向は信じられないと言わんばかりだ。ハンクとコナーを交互に見比べる。

「ハンク、わたしの方があなたといい相棒になれるはず。お願い、だから」

なお食い下がる、いっそ泣きそうな顔の日向、だが次の瞬間には私に今日一番の厳しい一瞥を投げかけた。

「仕事だ、割り切れ2人とも」

ジェフェリーの冷酷な一言に、日向は黙りこくる。お前のデスクはあそこだ、と告げられ、日向は更に目を剥く。

「ハンクの隣じゃないの?前はここだった」
「そこは今コナーが使ってる。お前はあっちだ」

ガーンと効果音がつきそうな勢いで項垂れた。まあ、これからよろしくなと肩に手をおいてジェフェリーは署長室へ戻っていった。残された我々は、消沈するもの、困惑するもの、ただ突っ立っているだけのものと三者三様だ。ギャラリーもなんだか面倒臭そうだと早々に散り散りになっていた。とりあえず座れとハンクに促され、椅子に腰を下ろした日向は絶望、といった様子で俯く。コーヒーでも飲むか?との問いに首を振り、日向がぼんやりと顔を上げた。捨てられた犬のような表情、それからぎっと私を睨みつける姿にハンクは肩を竦めた。

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