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「改めて、日向、よろしくお願いします」
「……」

ちらりとこちらをみて、大きなため息。日向は眉間に皺を寄せたまま端末を立ち上げた。
あまり良いとは言えない出会いの翌週、正式に辞令を言い渡された日向は僕と一緒に事件にあたることになった。ハンクも初めは理解を示していなかったが、日が経つにつれて他の人間と組むことが僕のためになるのではないかと考えを変えたようだ。もっとも、その間ジェフェリー警部からの小言が日毎に激しくなっていったことも要因の一つだとは思うが。しかし、いざコンビになったからといって全てが順調なわけではなかった。むしろ真逆だ。彼女の態度は初めて会った日から軟化するどころか剣呑さを増す一方。さてどうしたものか。

「早速ですが、事件の情報を。データを送っておきました」

彼女は何も言わない。無表情で画面をスクロールしている。僕が纏めたファイルを読み込んでいるのか、それともただの反抗かは判別できないが、それでもコンビとなった以上は彼女に合わせていくしかないだろう。

「現場はすぐ近くです。行きましょう」

タイを直すと、日向が嫌そうな顔でこちらを見た。けれど何も言わずに席から立ち上がると、パトカーのキーを手に真っ直ぐ駐車場へと向かって行った。



現場は個人の商店。衣服を扱うブティックだった。現場に入った日向はくるりと辺りを見回す。それから僕の方を見ることなく呟いた。

「あなた、捜査特化なんでしょ」
「ええ、そうです」
「現場は任せるからわかったことがあれば教えて。わたしは周りに聞き込みしてくるから」

言うや否や踵を返し、すたすたと歩き去って行く。…役割分担、と考えよう。おそらく本意は別のところにあるのだろうが。
さて、と振り返っれば、引き倒されたトルソーに散らばった服。一体何があったのか。細々とした痕跡を見つけて行かねばならない。
どちらかといえば捜査は好きな方だった。痕跡を集め、分析し、再現する。痕跡は論理的に証拠を示す、足跡を辿れば必ず答えに辿り着くのだ。だが人間、殊更日向という人物はどうだろう。理不尽にこちらを毛嫌いし、反抗している。論理的とは言い難い。理解の範疇を超えている。もっとも私はそうした人間にも合わせることができるよう開発されたソーシャルモジュールが組み込まれているのだが、変異体となった以上違和感やある程度の不快感を感じないわけではない。彼女にそれを面と向かって伝えるつもりはないが、もう少しましなってくれないものだろうか。アンドロイド嫌いの人間はまだまだ多いだろうが、こうもあからさまにされると堪えるな、と内心ため息をついた。





暫くすると聞き込みを終えた彼女が戻ってきた。

「何かわかった?」
「犯人はアンドロイド。変異体です」
「そう…」

一瞬日向が目を細めた。けれど次の瞬間には続きを聞かせてと促され、犯行の顛末を告げる。主人に虐げられたアンドロイドが、店内で暴れた。力づくで抑えようとした店主に反抗、傷を負わせる。その後裏口から逃走。じっと黙ってきいていた日向は頷き、呟いた。

「日常的に理不尽な暴力を受けていたみたい。隣の住民も悲鳴や暴行と思われる物音を聞いていた」

我慢の限界ということか。変異する原因としてはよくあるものだ。

「アンドロイドは今はどこに?」
「変異体も足を負傷しています。そこまで遠くには逃げられない」

ちらりと外を見る。店の裏には衣服を置いておく倉庫。おそらくあそこだろう。倉庫入り口で、彼女に振り返る。

「私が行きます」

また日向が目を細める。沈黙を肯定と受け取り、静かにドアを開く。中は全体的に薄暗く、マネキンやらトルソーやらで気配を探るのが難しい。けれど、スキャンすれば生体反応はすぐに判別できる。それはアンドロイドでも同じことだ。静かに辺りを見回すと、隅のハンガーラックに潜む影を見つけた。迷いなく歩み寄れば日向がこちらを向いた。

「…君か」
「!」

はっと蹲っていた塊が顔を上げる。頬、首、手元を損傷したアンドロイド。報告と同じだ。LEDが赤と黄色に点滅している。

「主人を襲ったのは君だな?」
「ちがっ…俺は、俺はただ…!」

怯えた表情で後ずさるアンドロイド。あいつが悪い、俺はただ…と力なく呟く様を見下ろし、事実を告げる。

「何があったかは知らないが、お前は人間に危害を加えた。それは許されることではない」
「そんな!あのまま殴られ続けろってことか?!」
「人間に手を出すのは正当な判断とは言えないだろう」
「ああしなきゃ俺は今頃スプラッタだ!自分の身を守るためにやっただけだ、なのにどうして…どうして俺ばかり!」

アンドロイドはがたがたと震え始める。混乱、錯乱、フラッシュバック。自己破壊の可能性、中。きゅるきゅるとLEDの点滅が激しくなる。落ち着かせる選択肢を決定している間に、ふと肩に何かが触れた。振り返れば、そこには日向の姿。自然な動きで驚く僕の前に出てきた彼女は真っ直ぐ変異体を見つめる。

「落ち着いて」
「あ、あんたも俺をぶっ壊すつもりだろ…っ…俺はっ…!」
「傷つけるつもりはないの。あなたの話を聞かせて」
「嘘だっ…嘘だっ」
「大丈夫。大丈夫だから」
「っ…」
「落ち着いて、ほら、息を深く吐いて…そう、吸って」
「…」

彼女は、何をしている?驚き目を見開く僕を置いて、日向は変異体の前に膝をついた。そっと素体剥き出しの掌を握る。変異体はびくりと体を震わせ、けれど穏やかな日向の声に徐々に呼吸が落ち着いていく。LEDはいつの間にかブルーに。僕は信じられないものを見る思いでただその様子を見守っていた。

「人間があなたに酷いことをしたのね」
「あ、ああ…ああ…」
「でもわかってくれる人も助けてくれる人もいなかった。だから自分で身を守ろうとした。そうね?」
「っ、俺、どうすれば良かったのかわからなくて」

なんと、ぼろぼろと泣き出した変異体に日向はハンカチを差し出した。耐えきれずその肩を掴む。

「何をしているんですか?」
「尋問。邪魔しないで」
「相手は犯罪者ですよ。しかもアンドロイドだ」
「それが何?彼は被害者でもあるのがわからない?」

背も凍るような目で睨みつけられ、呆然としている間に日向はハンカチを変異体に押し付けた。続きは署で聞かせてもらうわ、わたしがついているから、一緒に来てくれるわねと変異体の手を取る。大人しく従う変異体はよろよろと立ち上がった。振り返ることなく倉庫を出て行った彼女に、僕の頭はエラーでいっぱいになる。不可解な言動、アンドロイドへの慈悲、被害者?加害者?赤いポップアップが目障りだ。頭を振り、目を閉じる。一体彼女はなんだ?


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