「誰と?」
さっとダンデの目が冷たくなった。思わず声を失う。間違いなく怒気を纏ったダンデに、無意識に後ずさると、すかさず腕を掴まれた。
「痛ッ…」
「なあ、誰と?あいつは君の何なんだ?」
見られていたのか、それに気づいてももう遅い。ぎりぎり腕が締め上げられる。振り解こうとしてもびくともしない。ますます強まる力に腕が嫌な音を立てた。
「ダン、デッ」
「何だ?」
「あれは…ただの知り合い」
「知り合い?本当に?俺に隠れてこそこそ会っていたのは何故だ?やましいことがあるからだろう?」
「ちが…っ、い、痛い!」
ミシミシと音を立てる腕に思わず涙が滲んだ。そのままどんとソファに突き飛ばされる。反動でテーブルにあった荷物が落ちた。はっと顔を上げた瞬間にはもうダンデに覆いかぶさられていて。するりと手袋を外した姿に、この後の展開が予想できて、慌てて押し退けようとするけれど痛む腕では碌な抵抗にならない。その証拠に、ダンデの腕は止まらなかった。いとも簡単に私の服を捲り上げて、あっという間に下着のホックも外されていた。
「日向」
「待っ、て!」
こんなこと、もう嫌だ。いいように体を貪られるのも、恐ろしい目に見つめられることも。彼と出会ったのも、再会したのだって偶然だったはずだ。それがどうして、彼の目に留まり、彼の意にそぐわないからとこんなことを強要されて、逃げられなくて、いいようにめちゃくちゃにされなければいけないのか。どうして、わたしが、わたしなのか。
「ダン…デ…おねが…」
「…はは」
でも、そんな叫びは英雄には届かない。
「そうやって、泣いて、あの男にも媚びたのか?」
嘲るようにダンデが笑う。
「…もう、こんなに。あいつに触られたから?」
「ちがう…ちがうッ…!」
どうだか、冷たく吐き捨てたダンデは全部自分のいいように動く。わたしが体を強張らせても、労うだとか、気を使うとかそんなことはしなかった。
「…もういいよな」
「えあ、や、待って…待ってぇ!」
「別の男に拓かれたなら、慣らす必要なんかないよな」
ぐるりと体を反転される。背後から首に噛み付かれて、息が詰まる。
「いッ…いや、お願…ッ」
「…ハッ」
「ぁ、いや、ぃやぁ!」
熱が押し当てられる。半ばパニックになって嫌だと首を振ると、ダンデはやけに冷静な声を落とした。
「…それほどまでに、俺が嫌いか」
朦朧とする頭で拾った言葉に、思わず振り返ろうとして頭を押さえつけられた。逃げられないように拘束されて、無理矢理に押し込められて、体は悲鳴を上げる。ダンデだって苦しそうに息を吐いて、でも、それが身体的な辛さからくるものだけではないことも、わたしは気づいてしまった。
「君はっ…嫌いな男でも、受け入れるんだな」
彼の口から出てくるのは私の心を抉る言葉で、でも、彼はその言葉が自分の心までも抉っていることに気がついていない。握ったシーツに、ぐしゃっとシワが寄る。
彼と体を繋げる時、私は彼の顔を見たことがない。最後は必ず背後からだった。
目が覚めたとき、わたしはベッドの上だった。体は綺麗に拭かれているようで、しっかり服も着ていた。ただ、腕に残った手形と倦怠感が、昨日の出来事を嫌でも思い出させる。ダンデは、いない。静かに寝室を出て、リビングに向かう。思った通り、ソファから紫色の髪が覗いていた。
「…ダンデ?」
近寄っても返事はない。どうやらまだ眠っているようだった。彼の体格に見合うソファではあるけれど、寝るのには狭いだろう。窮屈そうに体を縮めていた。
「…それで、反省してるつもり?」
いつもだったら、一緒のベッドで眠るくせに。顔の方に移動して、しゃがむ。近くで見つめる。眠っていてもわかるが、整った顔をしている男だ。10年前はまだ少年、幼かったけど、やっぱり男らしくなっている。
「10年…か」
あの時は、こんなことになるなんて思ってなかった。ただポケモンと戦うことが、父に褒められることが嬉しかっただけ。彼と戦ったことだって、それは私にとって単なるバトルの一つに過ぎなくて、彼にとっても、ただの思い出の一つだっただろうに。この10年間で彼は大きく変わってしまった。いや、もしかすると、あのバトルの瞬間から?それとも、再会した時から?考えてもわからない。大きくため息をついて立ち上がろうとすると、腕を掴まれた。
「…怒っているか?」
「…怒ってないよ」
寝起きのかすれた声、昨日とは真逆の、申し訳なさそうな声でダンデが尋ねた。恐る恐るといった様子で、伺うように言ってくるから思わずそう答えてしまった。呆れ、怒る気持ちだってあったはずなのに。
ダンデは何も言わずにそっと手首を撫でた。しっかり手形のついたそこに、昨日はかけらも見せなかった労り、といった様子で。
「ダンデに、プレゼントを買いに行ってたの」
「え?」
ぱちりと金色の瞳が見開かれる。誕生日、もうすぐだから、と続けると、ダンデはわたしから手を離した。体を起こしてぷるぷると震えている。
「…すまなかった」
俯いたまま、相当ショックを受けている様子のダンデ。まあ、落ち込んだ方がいいだろう。わたしの話なんて聞かずに、あんなに好き勝手してくれたんだから。
ため息をついて立ち上がると、彼の体がぴくりと跳ねる。見捨てられたワンパチのような顔で見上げられるけど無視した。ソファの横に落ちていた荷物を拾い上げ、包みを開く。選んだグラスは、
「…あーあ」
綺麗に砕けていた。
わざとらしく言えばダンデはいよいよ泣きそうな顔になる。…これ以上いじめるのもなんだか心苦しくて、もう一度「怒ってないよ」と伝える。隣に座ると、彼は包みをわたしの手から取って、しげしげと覗き込んだ。
「これ、俺に…」
「お酒飲むから、いいかなって思って」
「そうか…」
ぽつりと呟いて、ダンデはぐっと唇を噛み締めた。それから大きくため息。ぐりぐりと顔を首元に押しつけて、ありがとうと囁いた。
昨日だって、わたしの言い分なんて耳を貸さなくて、全部好きなようにしたくせに。たかがグラスを割ったぐらいで、ここまで落ち込むなんて。わたしを好き勝手してくれた人と同一人物とは思えない。
酒に強いはずの彼が、珍しく酔っ払って帰ってきた日。歩くこともままならず、あまりの体たらくに手を貸そうとしたわたしごと廊下に倒れ込んだ。どたんと派手な音を立ててダンデの下敷きになり、それを笑ったダンデを思わず殴ろうとした時だった。
「っ、く」
「……ダンデ?」
肩が震えている。けれど、それは、笑っているわけじゃなくて。いつもより熱い体温と、濡れた感触を首元に感じた。
「日向…」
呆然と天井を見つめる。ダンデはそれきり何も言わずに、どうやら眠ってしまったようだった。
わたしは、どうすればいいんだろう。
- 12 -
*前次#
ページ:
ALICE+