みんなが立つ中央に、どーんと置かれた大きな木箱。黒錆びた鉄で、最低限の装飾と鍵穴だけが付けられている。
「宝箱?」
ヴェントゥスがわくわくしながら箱を眺める。その横顔を、残念のような、それでいて宝箱が気になるような、複雑な気持ちで見つめた。
「フック船長が隠していたお宝さ。俺たちがさっきいただいたんだ」
「お宝って、どんなもの?」
「見てみるかい?」
海賊のお宝は流れ星より楽しいと言っていた割に、退屈そうな顔をしたピーター・パンが、ゆっくりと箱の蓋を開いた。その中身は、光溢れる黄金色──などではなく。
「ん? 空っぽじゃないか」
「ごめんピーター。全部なくしちゃったんだ」
今更になって、カビーが言う。フォクシーは苦笑いしながら頬をかいていた。
二人はこの箱を軽々と持ち運びしていたので、むしろ中身に納得できたのだけれども、これを得るために、かなり苦労したのだろう。
「そうか──残念だったな」
「いいさ。どうせ金貨や宝石みたいな、つまんないものしか入ってなかっただろうしね」
ピーター・パンの言葉に、自分は同意しかねた。金貨の価値などはともかく、宝石は眺めるだけで心満たされる美しさがある。彼らはそういったものに興味が湧かないのだろうか。
「だからさ、代わりに俺たちの宝物を入れる──なんてどうかな?」
フォクシーの提案に、ピーター・パンの顔色が変わった。
「それだ! 金貨や宝石なんてつまらないものよりも、自分が大切にしている本当の宝物だ」
それから、どこからそんなに取り出したのか──ピーター・パンの指示で、弓や木の剣、トンカチなどがあっと言う間に、箱いっぱいに詰め込まれた。
「ヴェンとフィリアも、何か入れるかい?」
「んー……」
自分の宝物はたくさんあるが、ほとんど自室に置いてきてしまっている。今あるもので宝物といえば──。
思いついて、それを取り出す。
「これが私の宝物」
ピーター・パンたちが、不審そうな目になった。
「それが宝物?」
「真っ黒だよ〜」
「フィリア。これはゴミ箱じゃなくて、宝箱なんだよ」
ゴミとはひどい言い草だ。
口を尖らせて訴える。
「ゴミじゃないよ! これは、私がずっと着てきた服なの。さすがにもう着られないけど、捨てられない……とても大切な宝物」
故郷を飛び出したとき、初めて外の世界を歩いたとき、ネズミのように小さくなってしまったとき、魔女と戦ったとき、ヴェントゥスを守りきれなかったとき、テラとアクアと再会したとき、フルーツスキャッターで優勝したとき──この服を着ていた。辛かったり、楽しかったり、悲しかったり、嬉しかったりした様々なことを、この旅の半分を共にしてきた服だ。
服を抱きしめていると、ピーター・パンが気まずそうに頭をかいた。
「悪かったよ、フィリア。ゴミなんて言ってごめん。……ヴェンはどうするんだい?」
「そうだな──じゃ、これを」
黙ってずっと考えていたらしいヴェントゥスは、とんでもないものを差し出した。
「えっ……?」
「なんだい、それは?」
彼が持っていたのはTerraと彫られた、あの木の剣。まさか、手放そうとするなんて。
「これは、俺の大切な友達からもらったものなんだ」
木剣を見上げるヴェントゥスの姿に、胸の奥がざわざわとした。たぶん、寂しいのだ。もしあれが自分のものだったなら、きっと、絶対に置いてゆけないから。
「思いでの宝物なんだね。いいのかい、そんな大切なものを」
「うん」
自分の宝物に比べ、扱いが違いすぎるピーター・パンの態度につっこみたい気持ちはひとまず置いておいて……。
ヴェントゥスが晴れた笑顔のまま頷く。
「思い出はこれからたくさんつくるんだ。テラとアクアたち、そしてフィリアと一緒に」
こちらを振り向く青い瞳。視線が合うだけで、胸がときめき呼吸が止まる。同意は言葉では返せなかった。
「わかった、ヴェン」
ピーター・パンがヴェントゥスに頷く。
「…………」
──またひとつ、ヴェントゥスが成長したんだ。
その姿を、今までずっと側で見てきたのに。それを、こんなにも好きになっていたのに。
自分も気づかぬうちに、こんな風に変わっているのだろうか。
「二人とも、今度会うまでにもっと大きな箱を用意しておくから、もっとたくさんの宝物を持ってきてくれよ」
「うん。約束する」
共に頷き、そして、服と木剣が宝箱に収められた。
宝箱の蓋を閉める前に、星のカケラを持ったティンカー・ベルがふわふわ飛んでくる。
「それなんだけど──」
すかさず、ヴェントゥスが言った。
「友達の落し物だと思うんだ。俺に預けてもらえないかな?」
バタバタしていたのですっかり失念していたが、どうしてこれがここにあるのだろう。こんなに島を冒険したが、彼の姿どころか気配、目撃情報すら得ていない。うっかり手元から離した隙に、星のカケラが世界移動してしまった──とか?
手を差し出すヴェントゥスに、ティンカー・ベルはいやいやと後ろへ下がった。
「ティンク!」
ピーター・パンの咎められ、ヴェントゥスの掌へ、星のカケラがしょんぼりと受け渡される。
「ありがとう。……うわっ!?」
ヴェントゥスに微笑まれているティンカー・ベルが羨ましい──なんて考える余裕はなかった。
突然、ヴェントゥスを中心に目が眩むほどの光がその場を包んだ。反射的に目を閉じ、やっと視界が回復したときには、肝心の人の姿がない。
「き、消えちゃった!」
ヴェントゥスのいた場所を見て、フォクシーが叫ぶ。答えるように、海から走り出すひとつの星。
「光だ……」
空に昇ってゆくそれを見つめながら、カビーが口をポカンと開け呟く。
「…………うそ……」
飛び去ってゆく光を見送りながら、さーっと血の気が引いていった。
──どうしよう。置いてかれてしまった。
「心配はいらないさ。どこに向かっても、きっとその先には友達がいるんだ」
穏やかな風と海の音の中、ピーター・パンの安らいだ言葉は呆然とするフィリアの耳には届かなかった。
★ ★ ★
少し離れた場所から、空に消えていった光を見上げる影がひとつ。
この世界でもテラとヴェントゥスたちが会わないよう工作するのに一苦労したものの、自身の行動も含め、予想外なことばかり起こった。しかしそれすら逆手にとり、結局、ここまで筋書き通りになってしまうとは──ゼアノートの怜悧さには舌を巻く。
これからは、いよいよ彼も本格的に表に出る。終幕が──待ち望んだ瞬間がもう間近に迫っている。
「……あと少しだ……」
呟きに答えるかのように、手にあった黄色のお守りが小さく鳴った。