「スミー! 助けて、スミー!!」
奇蹟の技のように海の上を突っ走り、ワニに追いかけられたフックが沖へ消えてゆく。
あちこちに怪我をしたヴェントゥスに空中で拾われ、二人が戦っていた岩場に着地すると、爆発による窪みや焦げ跡がいくつもあることに気がついた。──激戦だったようだ。
「ヴェン……」
「ん?」
血と汗を拭うヴェントゥスに、ケアルガを唱えたつもりがケアルになる。
「あれ?」
唱え直してみるも、今度は発動すらせず眩暈がした。魔力ぎれだ。
「お、っと」
よろけた咄嗟に手を掴んでくれたヴェントゥスが苦笑する。
「フィリアの方も、大変だったんだな」
「ごめん。魔力が回復するまで、もうちょっと待ってね」
「うん」
疲れたのか、おもむろにヴェントゥスが地面に座った。掴まれた手につられ、いっしょに座る。
「なぁ、フィリア。どうしてあんなところから降ってきたんだ?」
当然、訊かれるだろうと予想できていた質問だが、いざ答えるとなるときまりが悪かった。
「エアロガで勢いをつけて岩山を越えようとしたの。そしたら、思ったよりも浮いちゃって……」
「吹き飛ばされちゃったってこと?」
軽く頷く。
今回は妖精の粉から与えられた浮力のせいで、体重が軽すぎたのだ。
「あっ、でも、次はきっと上手くできると思う。ようやく加減がわかってきたの」
「次、か……危ないから、なるべくしないでほしいけれど」
ヴェントゥスが困ったように笑う。そんな笑顔も大好きだし、気遣ってくれる言葉が嬉しくて、頬がふにゃりと緩みそうになる。繋いでいる手の温度が心地よい。
「ありがとう」
「ん?」
「フィリアのおかげで、フックに逃げられずにすんだ」
そう言って目を細めて微笑んでくるものだから、今度は思わず見とれてしまった。
「わ、私より、ヴェンの方こそお疲れ様。あの人、手練だったみたいだし……服、結構破けちゃったね」
「ああ。……これ直すの、面倒だなぁ」
「私も縫うの、手伝うよ」
「本当? やった!」
こんなことで喜んでもらえるなら、上達しても好けなかった裁縫だっていくらでもしてあげたくなる。
ケアルガに必要な魔力が集まったので、繋いだままだった手を少し持ち上げた。
「それじゃあ、今度こそ傷、治しちゃうね」
「もう魔力が回復したの?」
「うん」
目視でヴェントゥスの怪我を確認してゆく。痛みを残すわけにはいかないので、慎重に正確に……。
耳の傷は完治している。
「早いなぁ。俺はもうちょっとかかりそうだ」
「ん……たぶん、ヴェンのおかげ」
頬の傷も、ちゃんと治ってる。
「俺? 何もしてないけど……」
肩と腕のものはもうひと押し。
トリニティリミットの時に確信したが、魔法の詠唱も回復も、ヴェントゥスの近くにいる時が最も好調だった。(あぁ、繋いでる手にもまだ薄ら赤線が残っている)魔法は精神状態に影響しやすい。(足の傷はまだ血が滲んでいる)ザックスと共に戦ったときのことを思い返すと、彼に申し訳ないのだけれども。(横腹の剣跡は、服が切れただけのようだ)たぶん、
「……一番、傍に居たい人だからかなぁ……」
傷はこれで全てのようだ。
先ほどケアルを唱えたし、この具合なら、ケアルガでは強いだろう。
「ん。これならケアルラがいいね」
唱える前に、ふと黙ってしまったヴェントゥスの顔を見ると、なにやら頬が赤かった。こちらを見つめ、ポカンとしている。
「どうかした?」
「いや……さすがに照れるなって……」
恥ずかしそうに笑いながら、耳まですっかり赤くなってしまったヴェントゥス。
照れるって、何に?
はて。先ほど怪我の確認をしていたとき、自分はなにを言っていたっけ……。
…………。
──突風のような羞恥に襲われた。
「いい今のはちがっ、ちがち、違うの!」
「え……違うの?」
悲しそうな顔をされて動揺する。そんな表情をさせるなんて、どうしよう、どうしよう。
顔をぶんぶん横に振って、否定を更に否定した。
「ううん、けれど私、まだそんな、言うつもりなくて……!」
「『まだ』って?……俺に言わなくちゃいけないことがあるのか?」
「言わなくちゃっていうか──私が勝手にそう思ってるだけで……」
「なに? 言ってくれ」
許されるならば、今すぐここから走り去って、どこかの穴に埋まりたい。
勝手に自爆してゆく自分に、ヴェントゥスが「?」を頭の上にいっぱい浮かべて、一生懸命聞こうとしてくれている。
じっと見つめてくる真摯な青い瞳に、こみ上げてくる想いが勝手に口を動かした。
「私はただ、ヴェンが……ヴェンのことが、ね……」
好き。好きだ。気が付けばこんなにも、胸を焦がすほどに想っている。
でも、本当にこのまま伝えてしまうのか?
こんな失態からできた流れで告白するつもりなんて全くなかった。ヴェントゥスが自分のことを、ひいては恋愛というものを使命と比べてどう感じているのか知らないし──その上、こんな戦闘直後の薄汚れた格好で告げるなんて。
「うん。俺が?」
拒絶されたら、もう友達ですらいられなくなる。
「ヴェン……が……」
拒絶されたら、一緒に旅もできなくなる。
「…………」
拒絶されたら、約束も終わってしまう。
「…………」
怖い。
怖い──とても。
戦闘と似ているが、全く違う恐怖に身が竦む。
けど。だけど。動かなければ何も変わらない。言わなければ伝えられない。
息を飲み込んで、いよいよ、意を決した──
「フィリア」
その時、いきなり名を呼ばれ、繋いでいた手に力が篭められる。
「嫌だったら、魔法撃っていいから」
「わっ?──あっ」
顔を上げるより早く、体が前にぐんと引かれた。前方にいるのはもちろんヴェントゥスなので、勢いあまって彼の鎧をつけていない右肩に頭突きしてしまう。けれど、その痛みに気をとられたのは一瞬だけ。
背で交差するヴェントゥスの腕。キーブレードに乗るときとは支え合うとか掴み合うなどの表現の方が近かったが、これは違う──ちゃんとした抱擁だった。
「……ヴェン…………?」
なぜヴェントゥスに抱きしめられたのか分からない。ただただ嬉しく恥ずかしく、視界も思考もぐるぐる回る。
「…………」
ヴェントゥスは黙って、自分の肩に額を埋めたまま動かない。
ぎゅうと抱きしめられているが苦しくはなく、むしろ大変心地良いのだが、同時に大変困ってしまった。こんなことされたら我慢できない。期待してしまう。望んでしまう。自惚れてしまう。
「ヴェントゥス、あの……」
「このまま、聞いて」
表情は見えず、耳近くで低く囁かれる。
力が抜け、腰が砕けそうだ。
吐息を頬に、どちらのものか分からない心臓がばくばく鳴っているのを感じながら頷いた。
「この旅を始めたとき、テラを追いかけようと決めたとき──俺、フィリアを危ないことに巻き込みたくなくて、ひとりで行こうって思ったんだ」
ぽつぽつと紡がれる言葉に、ただ耳を傾ける。
「だけど、フィリア、追いかけてきてて……初めは、しょうがないなって思った。けど、いっしょに旅を続けて、いろんな人たちと出会って、笑ったり喧嘩したり、戦ったり約束したりしてくうちに、分かったんだ」
そこで一度区切り、ヴェントゥスが深く息を吐く。体を少し離して、まっすぐに見つめあった。
真っ赤な顔に、少し潤んだ真剣な瞳──旅立ったときと同じ、強い眼差し。
「フィリア、これからもずっと俺の傍に居てほしい。俺、君のことが、」
「おーい、これ見て!」
「宝箱を持ってきたよ!」
ヴァントゥスが言い終わる前に、フォクシーとカビーの声がする。ギョッとしてドクロの岩の方向を見ると、ボートに乗った二人と、空を飛んだピーターがこちらにやって来ていた。