荒野の世界へ、予想していたよりも早く着いた。ずいぶんと久しぶりにひとり乗りをしたキーブレードライドの操作が、体が半分になったかのように軽かったせいだろう。
 兜をつけた視界は限られていて、よく端々まで見渡せない。かといって鎧を解除すれば風で舞い上がってくる砂が目や口に入り込んでくる。

「──あそこだ!」

 延々と広がる赤茶色の地面に黒い点を見つけ出したのは、探索を始めてからそれほど時間がかからなかった。ミッキーの状態は不思議の塔で見たときのまま、ピクリとも動かない。

「ミッキー!」

 鎧を解除しながら地面に着地し駆け寄って、そっと抱き起こす。全身傷だらけだし意識は失ったままであるものの、命に別状はなさそうだ。
 いったい誰がこんなひどいことを。場所のこともあり、すぐに思い浮かんだのはあの仮面の男だった。彼の仕業なのだろうか。
 ミッキーにケアルをかけてやろうと思ったとき、風音に紛れ近づいてくる足音に気がついた。

「久しぶりだな……」

 気安く話しかけてくる、嗄れた老人の声。砂煙の向こうから現れたのは、まったく想像していなかった人物だった。





★ ★ ★





 彼が動き出すのと同時に、後方に下がりながらデトネシールドを撒いた。
 この戦いで一番気をつけなければならないのは距離だ。
 キーブレードマスターであるアクアですら、彼の剣に圧されていた。得物を持たない自分が彼の剣の間合いに入ってしまったら、そこで勝敗は決するだろう。厄介なことに、いくら走り逃げ回ろうと彼には闇の回廊があり、好きな場所に瞬時に移動することができる。だから、デトネ系の魔法で少しでも威嚇しておく。

「──凍れ!」
「──行け!」

 彼が川の側にたどり着いたとき、こちらはトリプルブリザガを、彼はダークファイガを同時に唱えた。自分の体躯よりも大きい氷塊たちが炎と衝突して蒸発し、白い水蒸気が自分と彼との間を埋め尽くす。激しく立ち上る濃い白に互いの姿を視認できなくなったが、川からやってくる水音に迷いは感じられない。じわじわと追い詰められている立場に恐怖を抱くが、これくらいではまだ闇の回廊を使う気はないらしいことは幸いだった。余裕──手加減のつもりなら、そこが付け入る隙となる。

「──これでっ!」

 次に、彼が川から上がる前に唱えたのは究極魔法であるフリーズだ。触れたものを一瞬で凍らせるこの魔法はただでさえ広範囲に展開するものだが、今は気化していた水までもを冷気の風の波に巻き込んで凍らせてゆく。
 ぎしりと空間が凍り軋む音に、彼の舌打ちが小さく混じる。まるで蜘蛛の巣のようにあちこちに伸びた氷の糸は、彼の左手首と、川面ごと両足首を絡め捕らえていた。

「小細工を」

 忌々しそうな呟きに、思わず苦い顔をしてしまう。せめて作戦とか戦術とか言って欲しい。これほど格上の相手と戦うのに、何の考えも用意しないほど愚かでも勇敢でもない。
 それにしても、舌打ちをしたいのはむしろこちらの方だった。この凶悪な性質をもつ魔法を、闇の回廊の中へ逃げ込むまでもなく、不意打ちだったのにこの程度で済まされてしまうとは。実力の差を見せつけられたようで鳥肌がたつ。咄嗟に気づいて霧を剣で払ったのだろうが、もし自分がこれを受ける側だったなら、冷気の風に気づいた瞬間に氷漬けになっていることだろう。

「凍──」

 動きを止めた姿を魔法で攻撃する前に、キーブレードから三日月型の闇の刃が放たれた。氷は簡単に砕かれて、彼を開放してしまう。溶けかけた破片を踏みしめた彼は、軽く手首と両足の具合を確認していた。縛られていたのはごく短時間であったため、全く問題がなさそうだ。

「く……!」

 デトネチェイサーを唱えながら、崖側へ更に下がった。川から出た彼が、先ほど唱えていたデトネシールドの上を通る。もう持続時間が過ぎたのだろうか。何も起きない。
 思考が焦燥に染まってゆく。距離も魔力も残り少ない。
 彼が剣を構えて走り出した。こちらも両手を前に突き出す。

「──雷よ! なっ!?」

 魔法の発動と同時に彼がキーブレードをこちらへ投げた。電撃が剣に惹きつけられて、明後日の方向へ逸れてゆく。まさか武器を手放すなんて思ってもいなかったので、数秒間、ポカンとキーブレードを目で追ってしまった。剣が岩に突き刺さり、電撃が無意味に弾け散るのを見届けた後には、彼との距離は三メートルをきっていた。
 こんな避け方をされるなんて。いや、今はそれよりも、持続時間はまだあるはずなのに、何故、デトネチェイサーが発動しない!?
 焦りと混乱で、頭の中が真っ白になっていた。とにかく彼を引き離さなければ。
 彼の腕が伸びてきて、思わずリフレクを張った。右の拳を叩きつけられてあっけなく割れる。言の葉の力がないため脆い──

「かぜ──っ!」

 首を掴まれたので声が詰まり、開放した風の魔法は初期魔法の威力だった。背から岩壁に打ちつけられて、苦しさのあまり目を瞑る。遠くでカランと何かが落ちる音がした。

「おまえの負けだ」

 嘲笑の囁きとともに、ぐぐ、と拘束の力を強められる。声は出せないのに、辛うじて呼吸はできるよう調節されていることが、また屈辱だった。

「うっ……あ……」

 急所を支配する手を掴みながら瞼を薄ら開き見ると、眼前にあった予想外のものに心底驚く。
 鋭くて冷たい金の瞳。夜風に跳ね揺れる闇色の髪。暖かく柔らかそうな頬。ヴェントゥスと同じく、まだ幼さを残した顔だち。
 図らずも、先ほどのエアロで彼の仮面を飛ばしたらしい。知りたかった彼の素顔に、喉の苦しさすら忘れていた。

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