テラを追って旅立ちの地から飛び出した日、テラとアクアの承認試験の日にまで一気に記憶が遡った。
「マスター?」
あの日に初めて会った男、キーブレードマスター・ゼアノートが薄い笑みを貼り付けて立っている。
どうして、今、ここに、彼がいる?
嫌な予感に胸がざわめく。
傷だらけで倒れているミッキー、まるで待ちわびていたかのように現れたゼアノート、それに荒野。
「──!?」
突然、内側から割れてしまうのではないかと思うほどに頭が痛み両手で押さえた。同時に、閉じた眼に浮かぶ映像。
荒野の地面に倒れた己が蹴り転がされる姿。
知らない海の島で、白布にくるまれた己が置き去りにされる姿。
故郷である城の入口で、マスター・エラクゥスたちの後ろに立ちすくむ己の姿。
これは、いったい……?
全ての映像にマスター・ゼアノートがいた。彼とはあの日が初対面ではなかったのか。
「うぅっ……」
普段、苦痛に慣れた身ですら耐え難く、たまらず膝をついた。
どの映像にもテラにアクア、フィリアがいない。
痛みに奪われた思考でも、だんだんと理解してゆく──これはみんなに会う以前の記憶。失くしたと思っていた、自分の思い出。
「そうだ。おまえは失っている」
穏やかなゼアノートの声が聞こえてくる。
疑問も、助けを求める言葉も、うめき声にしかならない。
「だが、永遠の喪失ではない。手に入れるために失ったのだ。今こそすべてを取り戻し、あらたにつかみ取るのだ」
彼が何を言っているのか分からない。けれど痛みはどんどん大きくなってゆく。まるで「思い出してはいけない」と警告しているかのように。
「失った闇を取り戻せ。完全なる光と完全なる闇の衝突こそが生み出すのだ。究極の鍵、χブレードを!」
「──うあああああっ!」
その名前を聞いたとき、自分の内で何かが破裂したような気がした。
力なく地面へ倒れる。頭の中が朦朧としてしまって、よく考えることができない。
「キー……ブレード?」
「我々の持つキーブレードではない。キーもしくはカイとも読むが、元々はキーと読む。終極──死を意味する文字だ」
空が暗くなった。大気が大きく渦巻いて、上空に回廊の気配がする。
自分が失ったものは闇。自分と闇から生み出されるものがχブレード。死のキーブレードになる。いったいそれがどういう意味なのか、想像すらできなかった。
「俺が、χブレードになる?」
「そうだ。エラクゥスは知っているぞ──おまえが何者なのかをな」
「マスターが!?」
師の名にハッと息を飲む。出会う前の自分について「何も知らない」と答えたはずだ。
「よく考えてみろ。おまえはなぜ旅立つことを許されなかった?」
まだ子どもだから。まだ修行が足りないから。外の世界に出るには早すぎるから。
今まで自分を納得させていた様々な言葉を思い出す。
「エラクゥスは怖いのだ。おまえが真実を知り、正体を現す事が」
正体? 真実? 怖いって?──嘘をつかれていた?
「だから、目の届く所に置いて監視していたのだ」
「――ッ!!」
眼前を細い紫雷が貫いた。それに目を覚まされて、意識や視界が澄んでくる。
「……そうだ。いつも俺だけ外の世界には出させてもらえなかった……」
無意識に、深く考えないようにしていたのかもしれない。
実際、旅に出てみれば、外の世界を旅するのに不便などなかった。異空の回廊はちゃんと出せるし、闇に打ち勝ち、たくさんの人を救えたのだ。
マスター・エラクゥスは、ずっと自分を騙していたのか?
戻ってきた体の力を振り絞り、立ち上がる。
ゼアノートがゆっくり手を持ち上げ、掌をこちらに向けた。
「行け!」
マスター・ゼアノートが唱えたトルネドの風が吹きつけてきて、とっさに顔の前で腕を交差させる。
「エラクゥスから真実を聞き、おまえがなすべき事を思い出すのだ」
暴風に耐えられず、遂に体が飛ばされる。渦の流れに従って、空に広がる暗闇の中に呑み込まれた。
★ ★ ★
「……そんなの、嘘……」
震える声で、思っていることと逆さまの言葉を吐く。
「修行する必要はない」
「戦ってはいけない」
「おまえは平穏に暮らせ」
マスター・エラクゥスに、修行を許される前に言われたこと。受け取り方によっては「力を付けるな」ともとれる。
何故?
──いずれ、マスター・エラクゥスたちにとって害となる存在だから?
「嘘つきはおまえだろう?」
彼がとても愉しそうに笑った。
「それでもまだ疑うなら、その手で真実を確かめてくるといい」
「えっ? あっ!」
岩壁だった背後に闇が溢れ出す。慌てて逃げようとしたが、彼が肩を掴んできて回廊の中へ突き飛ばされた。