「ん──」
とても眠たいはずなのに目が覚めた。ひどい気分だった。嫌な夢を見ていた気がする。環境のせいだろうか。焼けた色をした硬い砂の上に寝転がっていた。風が吹くたびに細かい砂が巻き上がって、寝心地は最悪だった。
「目覚めたか」
「…………?」
しわがれた声。起き上がることも億劫で顔だけでそちらを見れば、黒い衣服に身を包んだ老人がいた。自分はこの人を知っている。でも、誰だったろう。眠くて眠くて記憶を探るのに時間がかかった。そういえば、この症状は魔法の修行で覚えがある。スリプルの効果時間内であるのに目覚めてしまったときのものだ。
「マスター……ゼアノート……?」
口が勝手に呼んだ名前で思い出す。そうだ、彼はマスター・ゼアノート。よく知らない相手だけれど、最近、彼を思い出すことがあったから思い出せた。どうして思い出したのか。その記憶を呼び覚ますにも時間を必要とした。しばらくして、やっと大切なことを思い出す。
「マスターが、テラが……止めないと!」
だるい体を起こしながら叫ぶと、こちらへ近づいていたマスター・ゼアノートが口端を釣り上げた。
「エラクゥスはすでに消えた。テラの闇に敗れたのだ」
「え……?」
「嘘だ!」すぐにそう言い返したかったが、ゼアノートの瞳から真実を言っていると感じ、言葉を失った。
止められなかった。助けられなかった。
おおよそ言い表すことのできない虚無感が胸にこみ上げてきて、砂に上に座り込んだ。どうしてあのとき何もできなかったのだろう。マスター・エラクゥスを実の父のように尊敬していたテラは、どれだけ傷つき、罪の意識に苛んでいるだろう。ヴェントゥスやアクアが知ったら、いったいどんな顔をするだろう。師を失った悲しみと友の心境を想うと胸が張り裂けるように痛み、涙があふれて止まらなかった。
「何を悲しむ必要がある? エラクゥスはおまえを消すつもりだったのだぞ」
煽るような言い方だった。かつて、彼はマスター・エラクゥスと兄弟弟子だったはずなのに、悲しむ様子はカケラもない。
「どうしてそんなことが言えるの? マスターは、マスター・エラクゥスはあなたの──!」
「おまえたちよりも古く長い付き合いだ、多少は感じるものもある。だが、自らが望み選んだ結果には、それ以上の納得があるものだ」
全ての元凶はこの男。ギリリと噛み締めた奥歯が鳴った。こちらの憎悪など全く気にせず、ゼアノートは鎧の装着装置に視線を移した。
「おまえを守ると言いつつも、ソレを与えていた矛盾。エラクゥスにも憂いがあったということか」
「これは、マスターの弟子である証として……」
「キーブレードの継承すらしておらぬ者などを、弟子にはしない」
言い返せずつい黙ると、何かに確信を得たようにマスター・ゼアノートは言った。
「おまえはこれまであやつらと暮らし、相応しくない己の立場に様々な疑問を抱いただろう。なぜ詳しく知ろうとしなかった?」
「そんなの、知らなくてもかまわなかった」
「いいや。おまえは本能的に悟り、望まぬことに目を背け続けてきたのだ」
胸の痛みは治まらなかったが、いつまでも泣いているわけにもいかず、無理やりに涙を拭い、しゃくりあげながら睨みつけた。
マスター・ゼアノートはまるで幼い子どもにものごとを教えるかのように、ゆっくりと語りはじめる。
「こころは、こころによって成長する。旅に出て、おまえは経験してきたはずだ。身動きすらできぬ殺意を。憎悪、嫌悪、敵意、裏切りに悪意……」
ルシファーに迫られたとき、マレフィセントの魔法の渦に飲まれそうになったとき、仮面の少年と戦ったとき、ピートと対峙したとき……投票の件で落胆したとき。心当たりを次々に思い出した。
「全てが、あの狭い世界にいるだけのおまえには知り得なかった感情だ。そして、それこそがおまえの才能を目覚めさせた」
「私の、才能……?」
思いがけない単語に、瞬きしてしまう。
「無意識に、今さっきもやったことだ。思い返してみろ。なぜエラクゥスが消えたという私の言葉をすぐに信じたか」
そう言われてみれば、先ほどの自分は、彼の言葉を嘘だと願いつつも正しいことだと心から信じた。彼が自分たちにとって善人ではないことを知っていたのにもかかわらずにだ。
──けれど、人の言葉を信じたり疑ったりする感情は、ごく普通にあることだ。
こちらの顔色で不信を察したのか、マスター・ゼアノートは「致し方ない」というように言葉を続けた。
「一部の例外はあるが、我らは皆、こころに光と闇をもっている。己のこころでもって相手の光や闇を感じ取り、安心や恐怖を生み出すのだ」
「そんなこと、知っています」
まぁ、聞け、と彼は面倒そうに手を振る。
「おまえはその感受性が、他の者に比べて飛び抜けて鋭いのだ。相手のこころを感じるだけで、思いまでをも汲み取ることができるほどにな。故に、エラクゥスはおまえを側に置き監視する必要があったのだ」
時間の経過とともにスリプルの効果が薄れてきている。手の感触がしっかりとしてくるのを確認した。
「どうしてそんなことで、マスターが私を消そうとしなければならないの」
体に力を入れて立ち上がる。敵うかわからないが、師の仇を打ちたかった。
悪魔の飾りがついたキーブレードを持つマスター・ゼアノートが、ニヤリと笑う。
「すぐに分かる」
言い終わるや否や、目の前にいたマスター・ゼアノートの姿がぶれる。次の瞬間、彼は背後に現れて、振り向く前に再び意識を失った。