集中しろ。
 余計なことは一切忘れて、ただ精神を統一する。
 体じゅうの気を感じ、束ね――――今!

「はっ!」

 キーブレードを思い切り振り下ろすと、手首ほどの太さの丸木がスッパリ斬れた。成功だ。

「テラ、すごーい!」

 石のベンチに座ったフィリアと、近くに立っていたアクアから拍手をもらう。
 よく晴れた日の山頂で、俺とアクアはフィリアを連れて自己鍛錬に勤しんでいた。
 賞賛が嬉しいくせに、俺は見栄を張りえへんと咳払いをする。

「こんなの、まだまだだ」

 マスター・エラクゥスなら、大人の胴よりも太い大木をまっぷたつにできる。最近はアクアに魔法の面で惨敗しているし、まだまだ鍛錬を積まないと……。
 そこで、小動物が唸る声のような音がした。フィリアからだ。フィリアは悲しそうに腹を撫で、俺の側にやって来る。──出会った当初はアクアにすら怯えていたのに、今ではすっかり懐いたものだ。毎日俺たちのうしろをヒヨコのようにくっついてくるのが嬉しい。

「テラ、おなかへったよー」
「もう昼か。俺も腹がへった。アクア、昼飯は──」

 アクアが微笑みながら「もう」と言った。

「今日の昼当番はテラよ? 献立、もう考えてあるの?」
「……しまった」

 すっかり忘れてしまっていた。献立どころか、どの食材が余っているかもさっぱり把握していない。
 俺はキーブレードをしまい、アクアとフィリアより先に山道へ向かった。

「悪い、先に行く」
「ええ。人参なら、朝の残りがまだあるから使い切っちゃって」
「わかった」
「テラ、ごはん作るの? わたしも手伝う!」
「あっ、フィリア! 坂道で走っちゃ……」

 派手に砂利が散らばる音と同時にアクアの言葉が停止する。俺が振り向いたときにはすでに、フィリアが地面に突っ伏していた。

「フィリア!! だいじょうぶか!?」

 倒れたままのフィリアに駆け寄って抱き起こすと、地に鮮血の玉が落ちた。フィリアの額の真ん中からだ。転んだ場所にちょうど出っ張った石があって、切ってしまったらしい。思った以上の怪我に、一瞬、何も考えられなくなる。

「血が!」
「ち……?」

 ただただ転んでしまったことに驚いていたフィリアは、一度ゆっくり目を瞬かせたあと額を無遠慮に触ろうとした。それを慌てて掴み止めると、次第に痛みを確認したのかしゃくりあげ始める。大粒の涙がじわじわ溜まり、嗚咽と共に零れ落ちた。

「テラ、おでこ、おでこいたい……!」
「わかってる。今はまだ触っちゃだめだぞ」
「テラ、フィリア!……あぁ、大変!」

 アクアもやってきて、フィリアの前髪をそっと分け見て息を飲む。彼女が真っ白なハンカチを取り出して傷口を抑えると、フィリアは顔を背けて嫌がった。

「アクア、手、やだぁ」
「ちょっとだけ我慢して。じっとして──ね?」
「うぅう……」

 俺たちの慌てぶりにフィリアは不安を感じたようで、いよいよ本格的に泣きはじめる。
 俺たちはまだ攻撃魔法しか扱えず、ケアルを使えない。ポーションも手元にない。マスターはきっと城の大広間で俺たちの帰りを待っている。

「フィリア、泣くな。だいじょうぶだ。だいじょうぶだから」
「テラ、どうしよう。出血がひどいわ……」

 赤く染まってゆくハンカチに恐怖して、アクアまで真っ青な顔で涙目になってしまった。気持ちが引きづられそうになるが、必死に堪える。俺が──俺がみんなを守らなくちゃいけないんだから。

「頭や顔は血流が多いから、軽い怪我でも出血が多いんだ」
「そう、なの?」
「アクア、深呼吸するんだ。とにかく、俺たちが冷静にならないと」
「ええ……」

 言われたとおりにアクアは深呼吸をしはじめた。数回繰り返していくうちに、やっと瞳に冷静な光が戻ってくる。

「フィリアは、意識はしっかりしているし、顔色も、今のところ悪くはない」

 声が震えないように、しっかりと言うよう心がけた。言葉ごとにアクアがこくこく頷く。

「吐き気もないようだし、今できることは、とにかく止血と安静にすることだ」
「わかったわ」

 しかし、泣き止まぬフィリア、止まらぬ血。背を撫でて宥めてはいるが、慰めにすらなっていない。小さな布しか持たない俺たちにできることはこれだけだ。

「アクア、血が止まるまで傷を圧迫し続けてくれ」
「テラはどうするの?」
「俺はマスターを呼んでくる」
「テラ、行っちゃうの……?」

 離れると、すぐフィリアに服の端を掴まれた。
 行かないでくれと縋る、小さな手。
 フィリアが俺を追いかけようとすることくらい、簡単に予測できたはずじゃないか。俺があの時もう少し待っていたら、この手を初めからちゃんと掴んでいれば、こんな痛みから守ってやれたはずなのに……。
 胸いっぱいに広がった罪悪感に押し潰される錯覚を覚えながら、俺はフィリアが安心できるように、無理やり笑った。

「だいじょうぶだ、すぐにマスターを連れて戻ってくる。それまで、アクアといっしょに待っていてくれ」

 この時、俺が山頂から城までの道を過去最高速度で駆け抜けたことは、言うまでもない。

- 182 -

*前次#


ページ:

トップページへ