満天の星空。流れ落ちる煌き。カイリと共同で使っている自室の窓から夜空を見上げていると、風呂からカイリが戻ってきた。
「フィリア、次、お風呂どうぞ」
「……はあい」
上の空で返すと、髪を拭きながらカイリが側にやって来た。
「星、綺麗だね」
「うん」
「星空、好き?」
ちょっとひっかかる問いだった。好きだから毎日見上げる。筋が通る理由だが、何かが足りない。
「たぶん……好き、なんだと思う」
「なら、どうしていつも星を見上げるとき、悲しそうな顔をしてるの?」
「そんな顔してた?」
思わず己の顔を触ってみる。それに「気づいてなかった?」とカイリが笑った。
「なにか心配なことでもあるの? 私でよければ相談にのるよ」
綺麗な微笑みに嬉しくなるが、迷いは増す。不安に思っている事柄──本当に言っていいのだろうか。しばし逡巡するも、同じ境遇のカイリなら分かってくるかもしれないと期待し口に出す。
「カイリは、怖くない?」
「なにが?」
「外の世界」
海色の瞳がパチパチ瞬いた。
「外の世界へ行ったら、私たち、また記憶を無くしちゃうんじゃないかな」
カイリから目を逸らし、また星空を見る。懐かしい。記憶にないけれど、どこかでこんなふうに空を見ていた気がするのだ。
「私ね、ここへくる前にもこうして星空を見上げていたんだと思う。たぶん、誰かといっしょに」
「ひょっとして、記憶が戻ったの!?」
「ううん、ちっとも」
濃い霧の中で探し物をしているようなもの。ただ、なんとなくそんな感じがするだけだ。確信をもてないことが切ない。苦しい。寂しい。
「本当に外の世界から来て、元の世界があるのなら。私、ひどいことをしているんだと思う」
「フィリア……?」
カイリが肩に触れてきた。風呂上りだからか、彼女の手はいつもより暖かい。
「元の世界にも、私にカイリやソラやリクみたいな友達がいて。今も私を探していたり、助けを求めていたりしたら――忘れるって、とてもひどいことだよ」
そんな人いないのかもしれない。ただの妄想かもしれない。けれど、簡単に気のせいだとも割り切れない。そして世界を移動して、また記憶を無くしてしまったら。カイリたちに忘れられてしまったら。誰もがこの瞬間を忘れてしまったら、ここでの生活がなかったことになってしまうのだろうか──それは、とても悲しいことだ。
「そうかもしれないね──私も、ここへ来たばかりの頃、そう考えるときがあったよ」
落ち着き払った声で、カイリが言った。見上げれば、彼女は変わらぬ微笑を浮かべている。
「でも、今回はきっと大丈夫! だって、ソラとリクが一緒だもん!」
二人を信頼しきった目で、カイリは続ける。
「それに、もしかしたら無くした記憶を取り戻せるかもしれないでしょ?」
「カイリ……」
「考えても分からないこと、怖がっててもしょうがないよ」
ねっ、と屈託なく笑う彼女に不安が溶かされてゆく。確かに、元気なソラに賢いリク、優しいカイリがいっしょならどんなことが起きても大丈夫かもしれない。
「──うん、そうだね」
「外の世界。楽しいこと、たくさんあるといいね」
階下から入浴を急かす声が届く頃には、外の世界への不安は大分和らいでいた。