青い心を見送って、互いにポカンとした顔を見せ合った後、ようやく勝利の実感がわいてきた。

「俺たちの勝ちだ!」
「僕たち、いい連携だったね」
「まったく、一時はどうなるかと思ったよ」
「恐かったぁ……」

 喜び合うひとときを、大あくびが水を差す。すっかりその存在を忘れていた――ドアノブだった。

「まったく騒々しい――落ち着いて眠れやしないわい」

 彼は自分がどれ程危険な環境にあったのか全く気づいていないようで、呑気に大あくびを繰り返していた。あの体では逃げられないだろうし、知らないほうが幸せかもしれないけど……。
 何度目かのあくびの最中、ふとドアノブの口内がキラッと光った。

「いま、何か光らなかった?」
「俺も見た」

 みんなと一緒に息を潜めてドアノブを見つめる。深く、不思議な力の気配を感じる――ハートレスを倒した瞬間の感覚によく似ていた。
 ドアノブがこちらの視線に気づかず口の中をキラキラさせていると、唐突にソラがキーブレードを呼び出した。そして剣先から一条の光を放ち、ドアノブの口と繋がる。ひときわ強く輝きながら施錠の音を響かせて、ゆっくりと輝きは消えていった。先ほどの大きな気配もすっかり分からなくなっている。
 あれだけ眩かったのに、ドアノブは何事もなかったかのようにぐうぐう寝始めていた。ドナルドが首を傾げる。

「何だろ、あれ」
「今の音、何か閉まったみたいだった」

 ソラが他人事のように言ったので、更に疑問が深まった。

「みたいって……ソラがやったんでしょ?」
「俺じゃないよ。キーブレードが勝手にやったんだ」

 勝手に動く武器なんて。キーブレードって生きているの? 混乱していると、ドアノブ方向から何かが足元に何か落ちてきた。掌くらいの大きさで表面に丸みがあり、遊色効果のあるグミだ。グーフィーが拾い上げ、光に透かして鑑定士のように目を細めた。

「これ、ふつうのグミじゃないね」

 グミをつい最近知った自分たちにはよく分からない。ドナルドもそのグミを見て「確かにこれは珍しい」と答えた。

「よし、僕があずかっておこう」

 マーブルに輝くグミが彼のポケットに納められたとき、いつの間にか復活していたテーブルの上にチシャ猫の姿があった。

「おみごと、おみごと、なかなかやるね」

 彼が人間だったら拍手でもしていただろうか。彼はすべてを見透かしたような瞳で、こちらが口を開く前に言葉を続けた。

「ところでアリスを探すなら、ここでアリスをさがしちゃダメさ」

 すうっとチシャ猫の姿が空気に溶けてゆく。

「アリスは世界のどこにもいない。影といっしょに闇の中……」

 彼の言う影とはハートレスのことだった。アリスはハートレスに攫われて、どこか遠くへ連れ去られてしまったと――?
 チシャ猫が去った後、しばらく誰も口を言わなかった。

「そんな……」

 先ほどまでの勝利の喜びは微塵もなく、ソラががっくり肩を落とす。
 アリスのことも衝撃だったが、ソラの落ち込んだ姿にギクリとした。いつも元気と笑顔をたくさんもらっているのだから、今度は自分が彼を励ましてあげたい――しかし、どうやって? リクやカイリなら、彼らなりのソラを励ませる方法があるだろう。気の利いた言葉も方法も思い浮かばない自分が、唐突に無価値に思えた。
 ドナルドがペタペタとソラに近寄る。

「ソラ、くやしいけど、あきらめてグミシップにもどろう。よその世界をさがした方がいいよ」

 無言のままソラが頷く。グーフィーがグミシップへ帰る道のことを教えてくれるが、それより、早くソラを笑顔にさせたいと考えた。

「じゃあ、そのセーブポイントってところに行こう」

 これ以上厄介事はゴメンなので、女王のいる庭園は避け、うさぎの穴に繋げられたセーブポイントを目指す。それには大きな姿に戻るため、薬ビンが必要だ。
 ハートレスの気配はないので、自分ひとりでも安心して部屋を探索できる。薬ビンを探しつつ、こっそりとソラの元へ向かった。背後から見る彼は、やはりいつもより覇気がない。

「――癒しよ」
「わっ?……なんだ、フィリアか」

 突然のケアルにびっくりしてこちらを振り向いたソラは、どうしたんだ? と薄く笑んだ。

「ソラ、さっきは助けてくれてありがとう。すごく、かっこよかったよ」
「お礼なんかいいって」

 ほんのりソラの頬が赤くなるも、まだ元気いっぱいなものではない。

「リクとカイリ。この世界にいないみたいだね」
「そうだな……アリスもいなくなっちゃったし」

 話題失敗。はぁ、とソラが軽く息を吐いた。
 友達を見つけることはソラの望みだけれど、この旅は世界を救わなくてはならないし、ハートレスと戦わなくてはならない、子犬たちも見つける約束をした。自分までソラの負担になってはいけないのだ。助け、支えなくては!

「ソラ、見てて」

 顔を一度うつむかせて……両頬をあっぷと膨らませた寄り目顔をジャーンと上げる!
 ソラの変顔で何度も笑顔をもらったから、自分も変顔をすれば元気になってもらえると期待したのだが――

「……フィリア」

 低い声。いつまで経っても笑ってくれないまま、両肩を掴まれる。促されるままに変顔を解除すると、至極深刻な顔をしたソラがいた。

「二度と、その顔はしちゃダメだ」
「ゴメン。面白くなかった?」
「面白かったけど、なんか……ショックの方が大きい」
「えっ」

 これも失敗だったようだ。がっかりしていると、ソラはまたいつものように歯を見せて笑った。

「気にするなよ。俺は元気だから!」
「ソラ……」

 ウソだよ。まだちょっと落ち込んでるでしょ。分かっていても口を噤んだ。自分にはまだ、彼を励ます力が足りない。もっとよくソラを知り、また彼に必要とされる人になりたいと思った。

「早く次の世界に行こうぜ!」
「うん!」

 ドナルドとグーフィーから、薬ビンを見つけたという呼び声がする。笑顔で頷き合ってから、ソラと共にそちらへ駆けた。





★ ★ ★





 マレフィセントの計らいで、毎日ハートレス相手に戦う訓練を積んでいた。城の書庫にある本も片っ端から読み漁った。こんな混沌とした世界から友だちを守りきるためには今よりもっと力が要る。
 マレフィセントの城には、ハートレス以外にも怪しげな奴らが出入りしていた。物陰から見ただけで直接言葉を交わしたことはまだないが、見た目やふるまいから相当な実力者であると同時に、まっとうな奴らでもないことが感じ取れた。類は友を呼ぶ――なんて言葉が浮かぶ。

「あいつら、今どこにいるんだろう……なにをしているんだろう」

 夜の静寂の中、ひとりで窓枠に腰掛け暗い空なんて見上げていると、不安がこみ上げてくる。ソラは足も速いし、腕っぷしも立つ。少々能天気なところはあっても機転がきくからハートレスにやられることはないだろうが、残りは女子だ。あんな魔物に襲われたらひとたまりもないだろう。悪い想像が止まらなくなり、今すぐ彼女らの元へ行けない自分が歯がゆくて、ソウルイーターを強く握りしめた。

「友だちが無事かどうか、分からないことが怖いのか?」

 心配でたまらない一方、頭の中でこう問う声がある。

「本当は違うだろう?」

 友だちが心配なのは本当だ。けれど、一番怖れていることは。

「果たして、あいつらはいま俺を探してくれているのか? 必要としてくれているのか? それを知るのが怖いんだ」

 こんな気持ちを抱くようになったのは、ソラとカイリが恋していることに気付いてからだ。二人は互いを探すだろうが、自分のことはどうだろうか。
 必要とされたい。頼ってもらいたい。強くならねば、賢くならねば――。島にいるときはこの悩みに他の世界へと解決の出口を探したが、いざ出ればあの島のことばかり執着していた。みんなの無事が分からないうちに、こんな悩みなど抱えている場合ではないと分かっているのに。疑いたくなんてないのに。

「……フィリア、なら……」

 自分にとって、ポツリとした希望。自分のことを好きだと言ってくれた。一緒にいたいと言ってくれた。守ってやると約束した。それを思い出すだけで先ほどの痛みが少し緩和され、強い気持ちを取り戻すことができる。

「早く、会いたいな――」

 友だちの笑顔を思い出しながら、そっと窓を閉じた。





 To be continue... 




H27.10.5-27.12.12

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