ソラが勝利した瞬間、光の壁が消失した。黒いキーブレードが床に落ちて、リクの体が透けてゆく。
「リク!?」
ソラが呼び、駆け寄るよりも早く、リクの身体は消えてしまった。ずっと抱いてたカイリをそっと床に降ろし、ソラへ駆け寄る。
「ソラ、大丈夫?」
「フィリア」
回復魔法を唱えながら問うと、ソラは頷いたあと、真剣な顔でじっと見つめてきた。彼の何か言いたげな瞳にハッとする。あんな別れの後だから、気まずい。「フィリア、あのさ」ソラが口を開いたとき、ドナルドとグーフィーが叫んだ。
「ソラ、大変だ!」
「かっ、鍵穴が──!?」
マレフィセントが呼び出したままの雷がエンブレムの中で暴れている。不完全な鍵穴は不安定のまま崩壊しようとしているようだ。崩壊したらどうなるか分からないが、いいことが待っているとは思えない──。
ソラがゆっくり歩み寄り、エンブレムにキーブレードの先を向けた。しかし何も起きない。グーフィーが首をふる。
「だめだよ! 鍵穴が不完全なんだ!」
「どうすればいいんだ!?」
「たぶん、カイリが目を覚ませば──」
ソラの問いに答えながら、グーフィーがカイリを振り返る。
「カイリの力があれば──カイリを解き放てば──どうしたらいい? どうすれば──」
ソラが呟きながら視線をさ迷わせ、黒いキーブレードを見た時に言葉を止めたので、イヤな予感がした。
「人の心の扉を開く、キーブレード──」
「ソラ──?」
グーフィーが呼びかけるも、ソラは無言でゆっくり歩き出す。まさか──思わず彼の前に飛び出し腕を広げて通せんぼした。
「フィリア」
「だ、だって……」
らしくなく、とても落ちついたソラの様子に、こちらが駄々をこねる子どもになった気分になった。
ソラが危ないことをするのを止めたい。カイリを助けたい。大切なもので溢れるたくさんの世界を守りたい。けれど、それらを全て叶える代案もなく──。
数秒の見つめ合いの後、結局、ソラが自分の横を素通りするのを止められず、彼は黒いキーブレードを拾ってしまった。不思議そうにこちらを見ていたグーフィーとドナルドも、そこでやっとソラが何をしようとしているか気づいたようだ。
「ソラ、まさか!?」
「待って!」
ソラは黒いキーブレードをしげしげと眺めたあと、こちらに向かってニカッと笑い、なんのためらいもなく切っ先を己の胸に刺してしまった。まばゆい光に目が眩みそうになる。
輝きのなかでソラがガックリと目を伏せるなか、役目を終えたキーブレードは六つの光に分解され、それぞれプリンセスの胸元へ戻っていった。ソラの胸からも心がひとつほころび出て、まっすぐカイリの中に吸い込まれてゆく。
一方で急激に虚ろいでゆく少年の心の気配に既視感を覚えた。いや、確実に知っている。この深い喪失感、己の無力さに打ちのめされる胸の痛みは初めてじゃない。
「……どうして……」
やっと、また会えたのに。
ソラの身体が後ろに倒れてゆく。ドナルドが彼の名を何度も呼んで走りだす。
心を取り戻したカイリが目覚めた。ソラの体が倒れるのを見て彼女は慌てて起き上がり、ソラの元へ走った。
「ソラ!」
カイリが抱きとめようと触れた瞬間、ソラの身体はガラスのように砕け、光の粒子になって消えてしまった。その残った光の欠片たちも、あてもなくふわふわ漂って空へ昇って次第に消えてゆく。
「あ、ああ──」
ショックを受けながら光を見上げるカイリ。ドナルドが叫ぶ。
「みんなー!!! ソラを消しちゃダメだーー!!」
けれど、この状態でどうすればよいのかわからない。
そうしている間に光がすべて消えてなってしまっても、みんなしばらく呆然と天井を見上げていた。
「ソラ、ほんとに消え──」
そこで、言葉を区切り、
「ううん、消さない! 絶対消さない!」
決意するカイリの言葉が聞こえたが、残っていた僅かなソラの心の気配すらついに消えてしまったことのほうが、自分にとって肌に感じるほどの事実で、打ちのめされた。
「……どうして、ひとりで消えちゃうの……」
ザ、ザ……とテレビの砂嵐のように脳裏に浮かぶ映像があった。
目の前で大切なひとが失われてゆくのに何もできない。消えてゆくのを見ていることしかできない。あれだけ助けてもらったのに、なにひとつ返せていないのに。
助けられないのなら、せめて、せめて一緒に──。
「フィリア、フィリア! ソラは、まだ消えてない!」
「カイリ──?」
腕を掴まれ激しく揺さぶられた衝撃で正気を取り戻し、やっとカイリを認識した。彼女が目覚めてとても嬉しいのに、いまは悲しくてしかたない。
「私、ソラを諦めない。フィリアだってそうでしょう!?」
「……カイリ」
カイリの言葉に根拠はない。確証もない。方法も分からない。ただの駄々にさえ見える。けれどソラはカイリを助けることを諦めなかったから、カイリを救うことができた。だから、自分たちだってソラを助けることを何もする前から諦めてはいけない。
「私も、ソラを助けたい」
言葉にして頷きあうと、少しだけ気持ちが上向きになった。すると突然、低い男の声に笑われる。いったい誰だとそちらを見れば、見知らぬ成人男性がこちらを見ていた。
「ようやく目覚めたか。最後のプリンセスよ」
いつからいたのか。闇のゲートの前に立っていたのは、長い銀髪で褐色肌の筋骨隆々な男だった。ギラギラとした金色の目に、あれはリクに宿っていた──本当のアンセムの姿なのだと気づく。きっと、先ほどの決闘でワザとやられたフリをして、あのキーブレードを置いておけば、ソラがカイリのためここまですると見抜いていたのだろう。
ふと、この憎い男の美しい顔に見覚えがある気がした。前にも会ったことがある──?
「だが鍵穴が完成した以上──もう用はない。消えてもらうぞ」
キーブレードの勇者はもういない。不敵に笑うアンセムから慌ててカイリを背に隠した。すると、自分たちよりも前に立ってドナルドとグーフィーが武器を構える。
「そうはさせないぞ!」
そこまではかっこよかったのに、こっそり「僕たちだけで、だいじょうぶかな?」なんて囁くグーフィー。ドナルドが「わかんないよ!」と怒る。
こちらを馬鹿にした笑みで歩み寄ってこようとしたアンセムが、動きを止めた。
「ば、ばかな──」
表情を一転させ表情を曇らせるアンセムの前に、なんとリクが現れる。その体はまるで幽霊のように透けていた。
「俺の体、好きにさせるか」
「リク!?」
カイリと共に彼を呼んだ。リクはこちらへ叫ぶ。
「早く逃げろ! ハートレスが来るぞ!」
その言葉どおり、もともと強かった闇の気配が更に濃くなってきている。わらわらとハートレスが湧きだして、囲まれ始めた。
リクと目が合う。頷かれて、ソラとリクが命をかけて助けたカイリを守るのは自分たちしかいないと理解する。
「行こう!」
階段を塞ぐハートレスにサンダガを落とし、開けた隙間からカイリの手を掴んで走り出す。ドナルドとグーフィーも一緒だ。
大広間を出る寸前、グーフィーが後ろを気にする。
「鍵穴はどうしよう?」
「いいから、早く!」
叱り飛ばすドナルドに同意する。完成していても、キーブレードがなければどうにもできない。
リクのことはもちろん、心が戻っても未だ施設の中で眠り続けるプリンセスたちも心残りだったが、すでにハートレスたちが追ってきていたため彼女たちを救いだす時間がない。足を止めることはできなかった。