「ぐ……うぅ……」
ヴェントゥスのラグナロクをまともに受けて、マレフィセントは杖なしでは歩けないほどに消耗してしまったようだ。もはや移動する魔力もなく、ふらつきながら玉座に向かって歩いている。マレフィセントを見上げながらヴェントゥスが強めに言った。
「テラがオーロラ姫の心を奪ったなんて嘘だ!」
「本当だとも……テラは快く引き受けてくれたよ」
フィリアは思わず唇を噛んだ。このプライドが高そうな魔女が、ただ嫌がらせのためだけに嘘をつき続けるとは考えにくい。
「嘘だ……」
遂にヴェントゥスが顔を俯かせる。かける言葉が見つからなかった。
「テラ……そんな……」
「騙されないで! ヴェン! フィリア!」
「──アクア!?」
凛とした懐かしい女性の声。入り口の方を見ると、アクアがこちらへ走ってきていた。目の前に来ると、いつも見ていた微笑みと再会する。
「テラがそんなことするはずない。二人とも、よく知ってるでしょ?」
アクアの優しい声音が、不安を嘘のように溶かしてゆく。そうだ、あのテラがそんなことをするはずがない。
「……うん!」
ヴェントゥスと一緒に頷くと、魔女がつまらなそうに鼻をならした。
「そうかい、お前がアクア……それにしても、なんて美しい友情だろうかねぇ。でも、真実は残酷なものだよ」
「真実……」
「こんな世界に閉じ込められて、与えられた真実で満足している奴には、本当の真実は手に入らない。知りたいのなら、檻を出て、自分の手で確かめるんだ」
あの少年の言葉が頭の中で繰り返される。彼が何者なのかはわからない。しかし、その言葉には同意できた──この魔女の言葉は、テラに会うまで真実じゃない。
マレフィセントを強く睨むと、アクアがこちらを向いて言った。
「マスターに言われてきたの。ヴェン、一緒に帰ろう。それにフィリア! どうしてあなたがここにいるの!?」
「えっ!? あ、えっと」
「……テラは?」
返答に困っていると、ヴェントゥスがアクアに訊ねた。
「テラは、まだ帰れないわ」
「…………」
アクアの諭すような返答に、ヴェントゥスが下を向く。
「ごめん、アクア。まだ帰れないよ」
「え……?」
「俺、早くテラに会わないといけないんだ!」
そう叫ぶと、いきなりヴェントゥスが駆けだした。
「ヴェン!? アクア、ごめん!」
「ヴェン! フィリア!」
フィリアも、反射的にヴェントゥスを追いかけて走りだした。アクアは、追いかけてこなかった。
★ ★ ★
「ヴェン、待って!」
フィリアの声が聞こえ、ヴェントゥスは足を止めた。場所は魔の山を降りた森の中。振り返ると、肩で息をしているフィリアがいた。
「フィリア……」
「ヴェントゥス、教えて欲しいの」
呼吸を整えながら、フィリアが言う。
「あの時、どうしてテラを追いかけたの? まるで……テラの噂を、最初から知っていたみたいだよ」
「そんなこと──!」
あるわけないだろ、と言い返そうとしたが、最後まで言えなかった。言うべきか? 迷ったが、まっすぐに見つめてくるフィリアの目を見て、決めた。
「知らない仮面のやつに、変なこと言われたんだ。テラがテラでなくなるって」
伝えた途端、フィリアの表情が愕然としたものに変わる。
「仮面、の……!?」
「知ってるのか?」
少しの間をおいて、フィリアが小さく頷いた。
「……私も、その子に会ってる」
「えっ!? フィリアも?」
「うん。ヴェンたちが旅立った後に……ここにいたら、二度とみんなと会えなくなるって言われたの」
「フィリアにまで……何者なんだ、あいつ……」
「……」
テラの噂、仮面の男──よく分からないが、自分たちの周りで、何かが起こり始めている。
ヴェントゥスたちの頭上の枝にとまっていたカラスが、大きく鳴きながら飛び立った。カラスは、そのまま暗黒の空へと消えていった。